男性学とは? わかりやすく解説

男性学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/27 06:20 UTC 版)

男性学(だんせいがく、en:Men's studies)とは、男性ジェンダー化された存在と捉え、男女間の問題や男性同士での権力関係など近代社会に発生する諸問題を男性性の視点から解明する学問分野である[1]男性性研究(だんせいせいけんきゅう、Masculinities studies)と呼ばれることもある。

その特徴は、多賀太によれば、これまで「標準」とされていた男性を「ジェンダー化された存在」として捉えること[2]、男性性の複数性へ注目していること[3]、男性のあり方をめぐる権力関係や利害関係に意識的であること[4]、があげられる。

なお、アンドロロジー(Andrology)は生物学的な観点から男性に注目した学問で、同じく「男性学」と呼ばれることもあるが正確には男性病学であり、これは女性における産婦人科学(Gynecology)に対応する。

定義

男性学は、男性が男性だからこそ抱えてしまう「男性問題」を考察するための学問である。男性に関心が集まり、しかも、どのよう に議論すべきなのかが明確ではない現状において、男性学へのニーズは高まっている[5]

起源

エリック・グロンセス

男性学において初期の先駆者とされるのは、ノルウェーの社会学者エリック・グロンセス(英語版)といった北欧の学者である。

男性学はフェミニズムおよびジェンダー概念を拠り所としており、したがって男性学では、男性を普遍的主体や人間一般としてではなく、「ジェンダー化された存在」として男性性との関連から捉えることになる[6]。男性学は男女間には不平等があることを基本認識として、女性性/男性性の権力における非対称性という視点をフェミニズムと共有している[7]

研究史

日本において

日本における男性学は、フェミニズムの隆盛によって女性を巡る議論が成熟したことを背景として、それまで認識されてきた男性という概念が揺らぎ始める1980年代後半から開始された[8]。そして、日本の大学の授業科目に男性学が登場したのは、男性の育児参加ドメスティックバイオレンスに関する議論を通じて男性性の議論が本格化した1990年代以降の事である[1]。この時点では理論的な面で十分な考察がなされていなかったが、2000年以降は英語圏の研究を取り入れこの弱みを克服していった。研究対象は男性から男性性へとシフトし、男性を固定的な実体として見るのではなく、社会においてどのような男性性が男性と関連づけて想定されているのかを分析している[5]

日本では2000年代以降、ジェンダー研究は社会学の中心課題のひとつとなり、働き方や育児参加などの男性の経験に焦点を置いた男性性研究や、構築主義の技法に基づいて男性性の成り立ちを解明する研究などが行われている[1]。ただし男性問題が社会問題として取り組むべき課題と本格的に認識されるようになったのは、2010年代以降の話になる[5]

レイウィン・コンネル

英語圏の研究

世界的レベルでこの分野の研究を牽引している存在として、オーストラリアの社会学者レイウィン・コンネルがよく知られている。コンネルは男性性を単数形(masculinity)ではなく複数形(masculinities)として認識するべきであると主張した。現在の日本では、 男性を一つの同質的な集団として見なす傾向が根強いものの、英語圏の男性学ではmasculinitiesという表記は常識となっており、多様な男性性の存在は議論の前提になっている。その理論的な背景として、コンネルはジェンダー研究の成果によって、 どこにでも見られるような普遍的な男性性の形態は存在しないことが明らかになったと述べる。時代によって男性性とは何なのかが変化する以上、単数形ではなく複数形として認識する必要があるとしており、この解釈はジェンダー研究の基本的な考え方でもある[5]

この主張において重要なのは、同時代および同一社会の内部においても、複数の男性性が存在している事態に着目した点である。現 代の日本でも世代、階級、学歴などによって男性性は変わってくる以上、日本社会でも、男性を理解するためには、「男性内の多様性」をいかに捉えるかが重要なのだと考えられている[5]

また、アメリカにおける男性運動を明らかにしたマイケル・A・メスナー(英語版)によれば、1970年代にはすでに男性運動のなかで、男性こそが抑圧されているという論点は提示されていた[9]。彼はアメリカの男性運動を「制度化された特権」「男性の間にある差異と不平等」「男性性のコスト」という3つの視点から評価した。メスナーは単に男性を複数としてとらえるだけではなく、 男性間の不平等に着目する[5]

一方、初期フェミニズムの主張が白人中産階級女性の意見でしかないことを指摘したのが、黒人女性によるブラック・フェミニズムであったように、1970年代の男性解放運動が白人中産階級で大卒、そして異性愛男性の経験を「男性の経験」として一般化しようとしたことは、 批判の対象となった。こうして、英語圏では女性/男性という性別だけを分析の軸にするのではなく、男性性を多元的・複眼的にとらえようとする研究が展開されている[5]。また、多賀太によれば英語圏の男性性研究では、フェミニズムに対抗するために書かれた論文や、フェミニズム運動の被害者としての男性性といった論旨の研究が見られるという[1]

日本の男性学

かつて日本に存在した「男は仕事、女は家庭」というスタイルは、 多くの男性が会社に雇われて働くようになってからというもの一般化なものとされてきた。この男女の役割分業は伝統的なものではなく、高度経済成長期を通じ、学校を卒業後は正社員として就職し、結婚して妻子を養うのが普通の男性の生き方というイメージが定着した結果である。 オイルショック以降、日本経済が低迷すると、夫だけの収入で家計を維持するのが厳しくなり、上記のスタイルが維持できなくなっていった。その後、専業主婦の数は減り続け、1990年代には共働き世帯が専業主婦世帯の数を上回り、完全な専業主婦は既婚女性の中で多数派ではなくなった。この頃、 新規の採用が抑制されたことで若年層の男性が就職難や非正規化といった問題が発生し、また、中高年層においてもリストラが社会問題となる。サラリーマン的な生き方の危うさが露呈した結果、こうした経済状況の変化に合わせて「普通の男性」の生き方を新しいものにしなければならない一方、現在でも「フルタイム労働に従事しながら妻子を養う男性像」は社会に根強く残り続けている[5]

状況の変化を考慮しないかつての「普通の男性」というイメージが残る現状は、 個々の男性にとってみれば、「普通」と考えていた人生を実現できないことを意味する。社会学者の田中俊之は、イメージと現実の間に大きなギャップがあるために、多くの男性たちが生きづらさを感じ、これが顕在化したために、男性特有の男性問題を考察する男性学が求められているのだとする。また、単に男性の多様性に目を向けるだけでなく、とりわけ正規と非正規の間にある格差に象徴される、男性内に存在する不平等を直視しなければならないと述べた[5]

フェミニストからの批評

上野千鶴子によれば男性学は「女性学を経由した男性の自己省察の学問」であり、フェミニズム、女性学に基板を置く新しい学問領域である[1]。また、澁谷知美はフェミニストやジェンダー研究者が「男性が自身の男性性に目を向けるのはよいこと」とばかりに無条件に男性学を持ちあげて済んでいた時期はとうに過ぎたと述べる。男性学の言う「男の生きづらさ」なるものは「支配の挫折」「支配のコスト」でしかなく、さらに付け加えれば「自縄自縛」でしかないとして、男のケアという「汚れ仕事」は男性が請け負うべきとした[10]

代表的な研究者・著述家と関連著作

以下は代表的な研究者・著述家のごく一部である。

脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f 竹村祥子 早川洋行(編) 「ジェンダー」 『よくわかる社会学史』 ミネルヴァ書房 <やわらかアカデミズム<わかる>シリーズ> 2011年、ISBN 9784623059904 pp.146-149.
  2. ^ 多賀(2019),p11-12
  3. ^ 多賀(2019),p12
  4. ^ 多賀(2019),p13
  5. ^ a b c d e f g h i 「いまなぜ男性学なのか」田中俊之
  6. ^ 田中(2009)、P.10
  7. ^ 田中(2009)、P.11
  8. ^ 田中(2009)、P.7
  9. ^ 田中(2009)、P.9
  10. ^ 「ここが信用できない日本の男性学」澁谷知美
  11. ^ 多賀(2019),p8

参考文献

  • 多賀太「男性学・男性性研究の視点と方法 : ジェンダーポリティクスと理論的射程の拡張」『国際ジェンダー学会誌』第17巻、国際ジェンダー学会、2019年12月25日、8-28頁、doi:10.32286/00023841ISSN 134873372021年8月11日閲覧 
  • 田中俊之「男性学の新展開」2009年12月19日、青弓社、ISBN 978-4787233066
  • 田中俊之「いまなぜ男性学なのか ~男性学・男性性研究から見えてきたこと~」[1]2015年5月
  • 澁谷知美「ここが信用できない日本の男性学―平山亮『介護する息子たち』の問題提起を受けて」[2]2019年

関連項目

  1. ^ https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio304-1.pdf
  2. ^ http://www.isgsjapan.org/journal/files/17_shibuya_tomomi.pdf




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