フィリップ・ユルプルとは? わかりやすく解説

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フィリップ・ユルプル

(Philippe Hurepel から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/23 07:23 UTC 版)

フィリップ・ユルプル
Philippe Hurepel
クレルモン伯
在位 1218年 - 1234年

出生 1200年
死去 1234年7月19日
配偶者 ブローニュ女伯マティルド・ド・ダンマルタン
子女 アルベリク
ジャンヌ
家名 カペー家
父親 フランスフィリップ2世
母親 アニェス・ド・メラニー
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クレルモン伯フィリップの紋章

フィリップ・ユルプル(Philippe Hurepel, 1200年9月 - 1234年7月19日)は、フランスの王族。クレルモン伯(在位:1218年 - 1234年)、ブローニュ伯(在位:1223年 - 1234年)。フランス王フィリップ2世と3番目の妃アニェス・ド・メラニーの息子。ルイ8世の異母弟。フィリップ2世とアニェスの結婚は無効とされたため、息子フィリップも庶子とされた。

あだ名であったユルプルは荒れ地、毛むくじゃら(hure)と 肌(pel)を繋げた造語「ユルプル」、剛毛を意味する「エリセ」(フランス語:Hérissé)ともあだ名されていた 。先代のクレルモン伯存命中から、同名の父王フィリップだけでなく、異母兄ルイ8世の息子たちである甥たちとも区別するために使われていた。フィリップ・ユルプルは1201年7月、サン=コランタン=レ=マンテ修道院で行われた母アニェスの埋葬式に参列している。

母の死後、教皇庁により実姉マリーとともに嫡子と認められたものの王子としての地位は不安定であった。

生涯

1218年にクレルモン伯にブローニュ、モルタン、オマール、ダンマルタンの女伯マティルド・ド・ダンマルタン(マティルド・ド・ブローニュ)と結婚し、妻の共同統治者としてこれらの伯位を得た。妻マティルドはダンマルタン伯ルノーとその妻ブローニュ女伯イド・ド・ロレーヌの娘であり、マティルドはフィリップ・ユルプルにブローニュ伯領とダマルタン伯領の4分の1をもたらした。フィリップ・ユルプルは1227年にダマルタン伯領の全権を掌握することとなる。2人の間には1男1女が生まれた。

1226年に異母兄ルイ8世が没すると、その未亡人で新王ルイ9世の摂政となったブランシュ・ド・カスティーユに対して反乱を起こしたが鎮圧された。

1234年、馬上槍試合一騎討ちを行った際にホラント伯フロリス4世を事故死させ、同日その後クレーヴェ伯ティエリー5世との一騎打ちで事故死した。

息子アルベルクは理由は不明だが領の相続権を放棄してイングランドに移住したため、クレルモン伯領は王領に帰属することとなった。未亡人となった妻マティルドはポルトガル王アルフォンソ3世と再婚し王妃となった。

マティルドの死後、ブローニュ伯領の統治権を巡りマティルドの甥ブラバント公アンリ3世、内戚の従妹オマール女伯ジャンヌ・ド・ダンマルタンおよび亡夫フィリップ・ユルプルの甥ルイ9世と外戚の従妹アデライード・ド・ブラバンの間で統治権が争われ、最終的にパリ高等法院に認められ、アデライード・ド・ブラバンの手に渡り、以降はアデライードとの間に子女をもうけていた2人目の夫オーヴェルニュ伯ギヨーム10世の実家オーヴェルニュ家の所領となった。

子女

マティルドとの間に以下の1男1女をもうけた。

マティルドは後のポルトガルアフォンソ3世と再婚した。

先代
(王領)
クレルモン伯
1218年 - 1234年
次代
アルベリク
先代
マティルド・ド・ダンマルタン
ブローニュ伯
1223年 - 1234年
共同統治者:マティルド・ド・ダンマルタン
次代
マティルド・ド・ダンマルタン



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