パナール・CD
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/21 06:12 UTC 版)
| パナール・CD | |
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| ボディ | |
| 乗車定員 | 2人 |
| ボディタイプ | 2ドア クーペ |
| 駆動方式 | FF |
| パワートレイン | |
| エンジン | 空冷水平対向OHV2気筒848cc ツインキャブ50PS |
| 変速機 | 4速MT |
| サスペンション | |
| 前 | 独立 横置リーフ・ロワーAアーム |
| 後 | 独立 セミトレーリングアーム・トーションバー |
| 車両寸法 | |
| ホイールベース | 2,250mm |
| 全長 | 4,000mm |
| 全幅 | 1,600mm |
| 全高 | 1,185mm |
| 車両重量 | 580kg |
| その他 | |
| 最高速度 | 160km/h |
パナール・CD(Panhard CD )は、フランスにかつて存在した自動車メーカー・パナールが1963年から1965年まで生産したスポーツカーである。CDとはこの車の設計者、シャルル・ドゥーチェ(Charles Deutsch )のイニシャルである。 Charles Deutschによって設計され、 1963年から1965年の間にPanhardによって製造された自動車モデル。 CD Coupe(Charles Deutschの「CD」)は、Panhard DBコーチの後継者と見なされていた。
概要
シャルル・ドゥーチェは1962年にDBを辞した後SERA-CDを起こし、パナールをベースとしたスポーツカーを作り続けた。この自動車はシャルル・ドゥーチェが独力で開発し、同年のルマンでクラス優勝を飾ったモデルの市販型である。
レーシングカーのレプリカにふさわしく鋼管バックボーンフレームで作られたシャシーに架装された、パナール車らしく独特な魅力のある車体はFRP製でマルセル・ユベールのデザイン、エンジンは第二次世界大戦後のパナール車に共通の空冷水平対向2気筒OHVで848ccしかなかったが、高い空力性能とハイギアリングにより最高速度は160km/hに達した。
すでに乗用車生産から撤退直前であった当時のパナールにはこのCDを発展させる余力は残っておらず、160台が生産された後、1965年に生産を終了した。
日本にはパナールのロードバージョンのクーペ型が少なくとも一台輸入されたが、CDは輸入されなかった。
歴史
1962年の パリモーターショーで 、パナールは6月に開催された24時間のルマンに参加したCDベルリネットの商用版を発表。
切断されたグランドツーリング非常に空力ボディを備えたシャーシビーム(Cd値0.22)ポリエステルを特徴とするチャネル低いバックなどが特徴。
製造上の問題の結果として、最初の車は1963年 4月に販売される。
2つのバージョンが提案された:
- グランドツーリング(165 km / h) :キャブレター付きのPL17 Tiger 848ccエンジン。
- ラリー(180 km / h) :2つのキャブレターを備えたPL17 Tiger 848ccエンジン。
Panhard CDの床に木製のステアリングホイールとカーペットがある場合、ハードギアボックス、不快なサスペンション、不十分な防音[要出典] 。
1965年 7月までに159台が生産された。
参考文献
- 二玄社 別冊CG「自動車アーカイブVol2 60年代のイタリア/フランス車編」ISBN 4-544-09172-1
- バーナード・バーメイレン、 パナール、彼の戦後の車 、ETAIエディション、1995 ISBN 2-7268-8196-3
添付ファイル
固有名詞の分類
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