レアンドロ・V・ロクシン
(Leandro V. Locsin から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/23 05:30 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動レアンドロ・V・ロクシン(Leandro V. Locsin、1928年8月15日[1] - 1994年11月15日)はフィリピンの建築家、芸術家、インテリアデザイナー。
人物
ネグロス島シライ生まれ[2]。セント・トマス大学音楽学校に進学するも、途中で建築科に編入学する[2]。27歳の時に設計した教会礼拝堂の設計で注目を浴び[2]、それ以来、数々の公共建築を手がけ、国内外で高く評価される[2]。建築のみならず、現代舞踊や陶芸など、芸術分野を横断する活動でも知られる[1][2]。
「フィリピン建築とは、東洋と西洋というあまりにも異なり相対する2つの文化の大きな流れが収斂された産物である」という信条を持ち[2]、欧米への留学が不可欠とされてきたフィリピン建築界において、フィリピンを離れなかった稀有な建築家であった[2]。
受賞歴
主な作品
- 「ホーリーサクリファイス礼拝堂」ケソン、1955
- 「フィリピン文化センター建築物群」マニラ、1970年代前後
- 「日本万国博覧会フィリピン館」大阪、1970
- 「マカティ証券取引所」マニラ、1971
- 「イスタナ・ヌルル・イマン」(ブルネイ王宮)バンダルスリブガワン、1984
- 「フィリピン最高裁判所」マニラ、1991
脚注
「Leandro V. Locsin」の例文・使い方・用例・文例
- 原子式とすべての化合物、そこから創出可能である−W.V.クワイン
- 遊撃隊員の整った真ちゅうで取り付けられたカービン銃−F.V.W.メイスン
- 旧世界をかき回す活発な議論もなされていない、そのわずかな田舎根性に思い悩んだ−V.L.パリントン
- 火成の岩石…この力でぴったりと密着している‐L.V.ビルソン
- 経済学、政治学、および法律原理の密接な関係‐V.L.パリントン
- 現在の混乱の政治家らしい解決−V.L.パリントン
- 彼は政治理論には全く通じていなかったようだ−V.L.パリントン
- 彼がどれくらい傲慢かという見当もつかない−S.V.ベネット
- 屋根に登っても、私はT.V.アンテナに届かない
- Leandro V. Locsinのページへのリンク