イーズ‐ばし【イーズ橋】
イーズ橋
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/09 07:54 UTC 版)
| イーズ橋 | |
|---|---|
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|
| 基本情報 | |
| 国 | アメリカ合衆国 |
| 所在地 | セントルイス-イーストセントルイス間 |
| 交差物件 | ミシシッピ川 |
| 設計者 施工者 |
ジェームズ・ブキャナン・イーズ |
| 建設 | - 1874年[1] |
| 座標 | 北緯38度37分45秒 西経90度10分47秒 / 北緯38.62917度 西経90.17972度 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 3径間アーチ橋 |
| 材料 | 鋼鉄 |
| 全長 | 1964m |
| 幅 | 14m |
| 高さ | 27m(桁下) |
| 最大支間長 | 158m |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
イーズ橋(Eads Bridge)は、アメリカ合衆国を流れるミシシッピ川に架かっている鉄道道路併用橋である[2]。1874年架橋。
概要
イーズ橋は、セントルイスとイーストセントルイスを結んでいる。セントルイス側の南にはゲートウェイアーチ国立公園がある。橋の名前は建設を担当した技師ジェームズ・ブキャナン・イーズから採られた。全長は1964メートルで、完成した1874年当時世界で最も長いアーチ橋だった。イーズ橋はセントルイスのターミナルレイルロードアソシエーションが所有していたが、1989年にマッカーサー橋が完成すると社の所有を離れた。現在では上層が歩行者と自動車用、下層がメトロリンクのライトレールによって使用されている。
歴史
イーズ橋はミシシッピ川を渡りセントルイスに達する橋のうち最初に架けられた橋である。その当時は南北戦争以前とは違い、河川交通の重要性は低くなりシカゴが西部の商業の中心として台頭してくる頃だった。イーズ橋はシカゴの優位をひっくり返す「切り札」と考えられた。
技術的特徴
イーズ橋の建設にあたり、様々な難題があった。州と連邦政府は吊橋と跳ね橋、木製の橋を禁止していたし、スパンの大きさと水面からの高さ制限もあった。東岸の氾濫原は低く西岸は崖のようになっていた。また、川底の岩盤はとても深かった。しかし結果的に建設の精密さ、正確さは画期的なものとなった。
イーズ技師は鋼の持つ圧縮強度がアーチ橋にふさわしいと主張した。イーズ橋は大きな建造物に鋳造クロム鋼を使用したほぼ間違いなく最初の例である。しかし一方で錬鉄も大量に使用されている。川底の岩盤が深かったためケーソン工法が使用された。工事中は川船の航行を妨げないようにアーチを支える足場を建設することができなかったので、工事は片持ち工法を用いて行われた。
リブアーチはすでによく知られた工法だったが、それでもイーズ橋は大胆な橋とみなされた。鋼管からなる3つのスパンは両岸の橋台と川の中の2つの橋脚に支えられている。上層と下層それぞれのためにアーチは2.4m離れた二重になっている。
イーズ橋は建設するときに片持ち方式と、ニューマチック・ケーソン工法を使用した最初期の例の一つである。そのためケーソン病(減圧症)が多発し、15人が死亡、2人に身体障害が残り77人が深刻な症状に悩まされた。
脚注
- ^ 藤野陽三. “橋の歩み より遠くへ、より安全に”. 新日鐵住金. 2018年2月24日閲覧。
- ^ マーカス・ビニー『巨大建築の美と技術の粋 世界の橋』河出書房新社、2017年、138頁。ISBN 978-4-309-27838-4。
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