生物的防除
(Biological Control から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/29 17:09 UTC 版)
生物的防除(せいぶつてきぼうじょ、biological control)とは、農業、園芸において、加害する病害虫の天敵を導入し、病害虫密度を下げる防除法のこと。 バイオロジカル・コントロールまたは専門分野(害虫防除など)では、より省略しバイオコントロールとも呼ばれることもある。 生物を利用した防除法全般を指す生物学的防除(biorational control)とは区別される[1]。
概要
生物的防除の長所は、対象となる虫以外への作用が少なく化学的防除に比べ残留毒性が低いことや、薬剤耐性がつきにくいこと、天敵者自身が探索して防除するため、作業の省力化に有効であること、などがある[1]。短所として、対象となる害虫が限定されること、環境要因によって効果の振れ幅が大きいこと、効果の発現に時間がかかり、使用適期の習熟が難しいこと、生物農薬は価格が高く、保存が困難であること[1]。導入した種が現地在来の生物を捕食する外来種問題化してしまった例(マングース、ヤマヒタチオビ等)などがある。
生物的防除に利用される生物は、捕食者(例:テントウムシ類など)、捕食寄生者(例:コバチ類など)、寄生性線虫(例:Steinernematidae属など)、病原微生物(例:BT剤など)の4つに分類される[2]。生物的防除における害虫と天敵の関係には
- 侵入害虫と導入天敵
- 侵入害虫と土着天敵
- 土着害虫と導入天敵
- 土着害虫と土着天敵
の4つの組み合わせがあるが、アメリカなどの成功例の多くは「侵入害虫と導入天敵」と「土着害虫と導入天敵」の組み合わせである[3][2]。導入用の生物農薬は日本ではその多くが輸入品となり、農薬取締法によって規制される。生物農薬による防除はビニールハウスのように密閉された空間で行われ、期待される防除期間も短期的なものである[1]。化学農薬と比べて効果が現れるのに時間がかかり、害虫と天敵の生態バランスが崩れた時には突発的に害虫が大発生する場合もあるため、化学農薬との併用が基本となる[1]。
1980年代以降には、天敵生物にとって住みよい環境を整え、持続的に天敵生物を維持・供給するバンカー法の研究が進められている[1]。また、露地栽培や果樹園などの開放的な農場には土着天敵のほうが適しているため、フェロモン剤や選択性殺虫剤といった環境負荷の低い防除手段と併用する事例が増えている[1]。
歴史
生物的防除の発想は古くからあり、304年に中国で著された『南方草木状』には害虫防除のためにアリを導入した記録がある[1]。近代的な生物的防除研究は、1880年代にアメリカのカリフォルニア州でベダリアテントウを利用したイセリアカイガラムシの防除の成功が端緒となり、世界各地で天敵の研究が盛んになった。日本でも1909年に素木得一がベダリアテントウを台湾に導入し、2年後に静岡県に移入して成果を上げた[2]。第二次世界大戦後の化学農薬の普及によって研究は一旦下火になったが、環境問題の顕在化や薬剤抵抗性害虫の出現によって再評価されるようになった[1]。
生物的防除の成功例は、導入された天敵が対象害虫に対して高度に特異的な捕食・寄生性を示し、非標的生物への影響が最小限に抑えられるとともに、害虫の生活史や生態と時間的・空間的に適合している場合に成立するとされる。
代表的な天敵および生物農薬
- BT剤 - (チョウ目に卒倒病を引き起こす)- 主にチョウ目幼虫に致死的作用を示す微生物農薬
- オンシツツヤコバチ(Encarsia formosa) - (オンシツコナジラミの天敵)- 現在も継続的に利用されている施設園芸における生物的防除の中で、最も古い例の一つとされる。
- チリカブリダニ - (ナミハダニの天敵)- 施設園芸を中心に世界的に広く利用されている代表的な生物的防除資材である。
- ベダリアテントウ - (イセリアカイガラムシの天敵)- 農薬に依存しない害虫防除を実現した世界初の成功例とされる。
- ルビーアカヤドリコバチ - (ルビーロウムシの天敵)- ロウムシ類防除を目的とした生物的防除に利用されている。
- チュウゴクオナガコバチ- (クリタマバチの天敵) - 日本における代表的な生物的防除の成功例とされる。
- ヤノネキイロコバチ、ヤノネツヤコバチ- (ヤノネカイガラムシの天敵) - ヤノネキイロコバチAphytis yanonensisおよびヤノネツヤコバチCoccobius fulvusは、柑橘類の重要害虫であるヤノネカイガラムシUnaspis yanonensisに寄生する天敵昆虫であり、両種の併用によって害虫個体群を農薬に頼らず抑制する生物防除が確立された。
- アブラバチ類(Aphidiinae) - (アブラムシ類の天敵)- 施設園芸を中心に、世界的に広く利用されている代表的な生物的防除資材。
関連する防除技術
外来種や害虫などの個体群制御には、生物的防除(biological control)のほか、遺伝子制圧技術(genetic control)や不妊化防除技術(sterile release technique)などが用いられる。生物的防除は天敵や寄生者など他種生物を利用する手法であるのに対し、遺伝子制圧技術は標的生物そのものの遺伝子を改変して繁殖を抑制するものである。不妊化防除技術は、遺伝子改変を伴わず人工的に不妊化した個体を放流して繁殖成功率を下げる方法であり、もともと不妊虫放飼法(SIT)として確立された技術に基づいている。 「遺伝子制圧技術(Genetic control)」や「不妊化防除技術(Sterile technique)」は、広義には「生物的防除(Biological control / Biocontrol)」の一部に分類されることもあります。
生物的防除(Biological control / Biocontrol)
定義
- → ある生物(捕食者、寄生者、病原体など)を利用して、他の有害生物の個体数を抑制する方法。
遺伝子制圧技術(Genetic control / Genetic biocontrol)
定義
- → 標的生物そのものの遺伝子を操作・改変し、繁殖力や性比を制御することで個体群を抑制する技術。
不妊化防除技術(Sterile technique / SIT)
定義
- → 標的種のオスを人工的に不妊化して放流し、繁殖成功率を下げることで個体群を減らす方法。
在来種による生物的防除と従来の生物的防除の比較
生物的防除(Biological control) とは、害虫や外来生物などの対象種を、捕食者・寄生者・病原体などの生物を利用して抑制する手法である。生物的防除には大きく分けて、在来種を利用する手法と、対象種の原産地から捕食者などを導入する従来型の手法が存在する。
従来の生物的防除
従来の生物的防除では、対象となる侵入生物が本来生息していた地域(原産地)における自然の天敵を新たに導入することが一般的である。このアプローチには高い制御効果が期待される一方で、
- 導入生物が新たな外来種となるリスク
- 生態系への予期せぬ影響
- 捕食対象の切り替えによる新たな問題の発生
など、予測困難な副作用が懸念されている。
在来種を用いた生物的防除
これに対し、在来種による生物的防除は、既にその地域に生息している土着の捕食者や競争者を利用して対象種を抑制する手法である。在来種を用いることで、
- 新たな外来種を導入しなくてよい
- 在来生態系との適合性が高い
- 長期的な影響を予測しやすい
といった利点がある。イギリスでは、外来魚モツゴに対して、在来捕食魚であるパーチ(Perca fluviatilis)を用いた防除などが例として挙げられる。
一部地域では、在来淡水魚(ウグイ類やカワムツ類、オイカワなど、いわゆる「ハヤ」)を人工的に水域へ導入し、蚊の幼虫の発生抑制を図ろうとした事例も報告されている。
比較
両手法を比較すると、従来型は高い駆除効果が期待できる一方、リスク管理が難しい点が指摘される。これに対し、在来種を用いた手法は効果こそ限定的な場合があるものの、安全性と生態系の安定性が高いとされ、持続的な侵入種管理の手段として注目されている。
頂点捕食者を使う生物的防除
外来の頂点捕食者を使う生物的防除は、 導入が簡単で、場合によっては後で駆除・管理しやすいという利点がある。
現代における生物的防除の考え方
管理利用を前提とした魚類の生物的防除は、マイクロコズムやメゾコズムといった閉鎖的実験系において、魚類の捕食機能や行動効果を制御・評価する形で検証される。これには、繁殖を制限した三倍体個体を用いるなど、生態系への定着を防ぐための技術的手法も含まれる。一方、マクロコズムである自然水域においては、新たな生物の導入ではなく、食物網構造の調整を通じたバイオマニピュレーションとして、トロフィックカスケードを間接的に制御する手法として位置づけられる。
脚注
関連項目
- 総合的病害虫管理
- 応用昆虫学、天敵昆虫学
- 合鴨農法
- ビートルバンク ‐ 害虫を駆除する肉食の虫が生息する草地。
- 国際生物防除機構
- バイオマニピュレーション
- 環境管理学・保全生態学(Conservation Biology / Environmental Management)
- 応用生態学
- 順応的管理(Adaptive Management)
- Biological Controlのページへのリンク