黄色い封筒法とは? わかりやすく解説

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黄色い封筒法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/21 08:09 UTC 版)

黄色い封筒法(きいろいふうとうほう、노란봉투법、ノランボントゥボブ)は、大韓民国の労働組合及び労働関係調整法(노동조합 및 노동관계조정법)の第2条(定義)と第3条(損害賠償請求の制限)を改正した法律の通称である[1]。長く続いた社会的論争の末、2025年8月24日に、大韓民国国会本会議を通過し[2]、同年9月12日に公布された。この法律は、韓国社会の多層的な雇用構造と労働運動の方式を根本的に変化させる、重大な転換点であると評価されている。

法改正のおもなポイントは3点あり、第一に、請負特殊雇用職朝鮮語版など、間接雇用の労働者の交渉権を保障するため、元請企業など実質的な支配力を行使する者まで「使用者(사용자)」の法的定義を拡大したことと、 第二に、「労働条件の『決定』に関する事項に限って」ストライクが認められていた従前の規定に対し、「労働条件に影響を及ぼす事業経営上の決定」や団体協定で定められた賃金、労働時間、解雇、安全衛生などについて、使用者が明確に違反した場合にも、ストライキができるようにすること、そして第三に、労働組合争議行為に対する企業側からの損害賠償訴訟の乱用を防ぐために、組合員の法的責任を、連帯責任として問うのではなく、個別化することである[3][4]

この法案は第21代国会 대한민국 제21대 국회でも審議が推進されたが、2023年には、当時の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が再議要求権(재의요구권)を行使し、廃案となっていた。以後、第22代国会朝鮮語版李在明(イ・ジェミョン)政権と、その与党である共に民主党の公約の柱として、再度、審議が推進され、激しい論争の末に立法手続きが完了した。

背景と審議経過

名称の由来と深刻化する社会的背景

黄色い封筒法という名称は、2014年に、双竜自動車(後のKGモビリティの前身)におけるストライキに参加した労働者に対して、法廷が47億ウォンの損害賠償を命じる判決を下した事件から始まった[4]。当時、法廷は、ストライキによる会社の莫大な固定費用と生産に支障が生じたことによる損失について、労働者たちに法的責任があると認めたが、その金額は個々の労働者が到底負担し得ない水準であった。

ある市民が「4万7千ウォンでも提供したい(4만 7천 원이라도 보태고 싶다)」として、47万ウォンを黄色い給料封筒に入れて送ったのをきっかけとして、黄色い封筒キャンペーン(노란봉투 캠페인)が広がり、この名称は単に労働者を保護しようという意味を超えて、労働の価値が企業の営業利益よりも優先されるべきかをめぐる社会的問題を提起した。ちなみに、朝鮮語における「黄色い封筒(노란봉투)」は、日本語の「茶封筒」に近い含意の表現とされる[4]

このような問題は、1997年外国為替危機以降に固着化した二重的労働市場構造のために、さらに深刻化していた。大企業の正規職に代表される一次労働市場と、下請・派遣・特殊雇用職など不安定労働が蔓延した二次労働市場との格差が激しくなっていた。特に、二次市場の労働者は、自分の賃金、労働時間などの核心的な労働条件が、元請企業によって決定されるにもかかわらず、法的には元請を相手に交渉する権限がなかった。この見えない壁を壊して本物の経営責任者と対話する回路を開くことが、この法案の根本的な出発点であった。

第21代国会における審議と廃案

第21代国会において、当時の野党の主導により黄色い封筒法の審議が推進され、2023年11月9日に本会議を通過した。しかし当時、尹錫悦政権と与党(国民の力)、財界は、憲法上保障された企業の財産権を侵害し、労使法治主義の根幹を揺さぶる違憲的法律だとして、強く反発した。

結局、2023年12月1日に、尹大統領は「産業現場の不確実性を拡大し、国家経済全般に莫大な被害を与えるおそれがある」として、再議要求権を行使した。法案は、国会での再票決で可決要件を超えなかったため、最終的に廃案をされたが、これは労働界と市民社会の強力な抵抗を呼び起こし、次期政府の核心的な政治的課題として残された。

第22代国会における審議と成立

2024年第22代総選挙2025年大統領選挙を経て権力を握った李在明(イ・ジェミョン)政権と共に民主党は、黄色い封筒法の審議を再び推進することを、労働分野の第1号国政課題として公表した。与党はこれを労働権正常化(노동권 정상화)と命名し、野党である国民の力は経済放棄法(경제 포기법)と規定して激しく対立した。

  • 2025年7月28日、国会気候エネルギー環境労働委員会朝鮮語版は、野党議員が退場した中で、与党単独で法案を通過させた。
  • 2025年8月24日、国会本会議では、国民の力がフィリバスター(長時間の討論をおこなうことによる議事妨害)によって、法案処理を阻止しようとしたが、与党は多数議席を活用して討論を終結させ、票決を強行した[1]。激しい対立の末、野党国民の力は退席し[1]、法案は出席議員186人中、183票の賛成で可決された[2]
  • 2025年9月12日、李在明大統領が法案に署名して公布し、「差別と排除ではなく、共生と協力の労使関係に進む第一歩(차별과 배제가 아닌, 상생과 협력의 노사관계로 나아가는 첫걸음)」であると立法の意味を説明した。

主な改訂内容と具体例

労働組合法第2条:「使用者」定義の拡大

改正された法は、「使用者」の定義に、「労働契約締結の当事者でなくても、労働者の労働条件に対して実質的に具体的に支配・決定できる地位にある者も、その範囲においては使用者とみなす」という条項が追加された。

  • 適用例(配達プラットフォームライダー)
    • 改正前:配達ライダーAは配達代行業者B社と契約を結んだ。しかし、実際の配達手数料、昇任基準、配車アルゴリズムは、巨大プラットフォーム企業C社が決定していた。Aが手数料の引き上げを要求したくても、法的には権限のない中間業者B社だけが交渉可能な相手であり、実質的に支配しているC社とは対話できなかった。
    • 改正後:Aが属するライダー労組は、プラットフォーム企業C社が自分たちの収入と労働環境を実質的に具体的に支配していることに基づいて、C社に対して直接団体交渉を要求する法的権利を持つことになる。

労働組合法第3条:損害賠償責任の制限

争議行為による損害賠償責任を問うとき、法廷は賠償義務者ごとに帰責事由と寄与度に応じて個別に責任範囲を定めなければならないと明示した。

  • 適用例(工場ストライキ)
    • 改正前:100人の組合員が参加したストライキで、会社に10億ウォンの損害が発生した。会社は労組とストライキ指導部5人を相手に訴訟を起こした。法廷が不真正連帯責任であることを認めると、会社は5人のうち最も財産の多い組合員1人に10億ウォンの全額を請求して、家を差し押さえることができた。
    • 改訂後:同じストライキの状況で、法廷には、損害の原因を特定する必要が生じる。損害額の総額が10億ウォンであったとし、そのうち9億9千万ウォンは単純に生産中断によるものであり、1千万ウォンが特定の組合員2人が器物を破損して発生した直接損害であることが明らかになれば、裁判所は器物破損に責任がある2人にのみ彼らの行為に比例した責任を問うことができる。単にストライキに参加したという理由だけで他の組合員に天文学的な生産損失額を連帯責任として押し付けることができなくなる。

法案通過後の影響と展望

肯定的な展望(労働界、与党)

労働界は今回の改正案が、憲法に認められた労働三権を実質的に保障する歴史的な進展だと評価している。実質的な経営者である元請が交渉テーブルに出ることにより、下請労働者の労働条件が実質的に改善され、多段階下請け構造の最下層で発生する搾取問題の緩和が期待されている。また、過剰な損害賠償訴訟という足かせが解け、労働組合活動が正常化し、長期的には元請が下請業者の労働環境まで責任を負う成熟した産業文化が定着できると考えている。

否定的な見通し(経営界、野党)

財界と野党(国民の力)は、法案の施行により産業現場の混乱が加重されると強く懸念している。特に、一つの元請と契約した数十の下請け会社の労組が、それぞれ異なる要求をして同時多発的に交渉を要求する場合、企業経営が麻痺する可能性があると主張する。実質支配力の基準の曖昧性から、法的紛争が急増し、こうした経営リスクを回避するために企業が国内投資を減らしたり、下請けの代わりに自動化・外注化に転換してむしろ雇用が減少する副作用を生み出しかねないと警告している。

下請け企業の労働組合による元請け企業への団体交渉の要求や、現場でのストライキの頻発が懸念され、さらに、従来はストライキの理由とならなかった企業買収(M&A)や事業再構築、投資などの経営上の意思決定に対して、労働組合が反対するストライキを実施する可能性が生じると考えられている[3]

法案は2026年3月13日から施行される予定で、今後、産業現場で使用者の範囲をめぐる具体的な判例が蓄積されていけば、労使関係に重大な変化をもたらすと予想されている。

他国の事例

  • アメリカ合衆国:共同使用者の法理を通じて、元請の責任を認めているが、政権によってその認定範囲は変動してきた。
  • フランス:元請の社会的責任制度を通じて、元請企業が協力企業の労働実態を改善する義務を法的に賦課している。
  • イギリス:労働組合の規模によって、争議行為による損害賠償請求額の上限を法で明示している。

関連するおもな判例

  • 大法院 2010. 3. 25. 宣告 2007 28881 判決(現代重工業社内下請労組事件):元請が下請労働者の勤労条件を「実質的かつ具体的に支配・決定」すれば、労働組合法上の使用者に該当する、と初めて判決し、今回の改正案の理論的基盤を提供した。
  • 大法院 2022. 11. 17. 宣告 2017 222266 判決(現代自動車牙山工場社内下請労組事件):ストライキに対する組合員の責任を個別に判断しなければならないと判断し、損害賠償責任制限の議論に影響を与えた。

脚注

  1. ^ a b c キム・チェウン、チョン・グァンジュン「「より強力な」商法改正案、本会議に上程 保守野党のフィリバスターを経て25日に採決ハンギョレ、2025年8月25日。2025年10月21日閲覧
  2. ^ a b 国会で「黄色い封筒法」可決 労働者の交渉権拡大へ」『KBS WORLD JAPANESE』韓国放送公社、2025年8月25日。2025年10月21日閲覧
  3. ^ a b 「黄色い封筒法」の主な内容と企業の対応策」『SHIN & KIM』法務法人(有)世宗、2025年8月5日。2025年10月21日閲覧
  4. ^ a b c アン・ヨンヒ「ついに「黄色い封筒法」施行が秒読みに入った韓国、労働者の権利強化がもたらすものとは 李在明政権誕生で現実味、一部の外資は韓国撤退をもほのめかす 1/4」『JBpress』日本ビジネスプレスグループ、2025年8月13日。2025年10月21日閲覧

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