鹿島清兵衛
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鹿嶋 清兵衛(かじま せいべえ、1866年(慶応2年) - 1924年(大正13年)8月6日)は、明治期の写真家。豪商の跡取り養子だったが、新橋の人気芸者・ぽん太を身請けしたことから家を出て、趣味の写真を本業とした。撮影中の事故で負傷し、その後は能の笛方になった。妻・ぽん太も唄や踊りで暮らしを支え、その献身的な姿が貞女としてもてはやされた。清兵衛の型破りな生き方は、森鷗外の小説『百物語』のモデルにもなった。昭和30年代に、清兵衛が隠したと思われる埋蔵金が見つかり、再び世間を賑わせた。
- ^ a b c d 『なつかしき大阪: 写真でたどる大阪の歴史・魅力再発見!』佐々木豊明[リンク切れ]
- ^ a b c d e 鹿嶋清兵衛歴史が眠る多磨霊園[出典無効]
- ^ The British Journal of Photography Annual, Henry Greenwood & Company Limited, 1972p179
- ^ "The Imported Pioneers:Westerners Who Helped Build Modern Japan" by Neil Pedlar, Japan Library Limited, 1990, p169
- ^ 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会 (2005): 1888 磐梯山噴火 報告書 付論[リンク切れ]
- ^ a b c 鉄砲洲「福井家文書」に関するメモランダム・拾遺」 塩崎文雄 研究プロジェクト;東京一市民のくらしと文化 和光大学
- ^ a b c d e f g 千谷道雄「明治百万長者物語」『歴史と人物』 第 6 巻、第 1〜3 号 中央公論社、1976。実弟の清三郎が兄の七回忌にガリ版で刷った「亡兄を追憶して」と、千谷道雄が集めた資料に基づいてまとめたもの。のちに『明治を彩る女たち』(千谷道雄 文芸春秋 1985)として出版
- ^ a b c d e f 能の笛方鹿嶋清兵衛をめぐる人々-名妓ぽん太と近代文学者の接点松田存[リンク切れ]
- ^ a b ぽんたの末路(明治41年2月2日)新聞集成明治編年史. 第十三卷、林泉社、1940年
- ^ 電子時代の古書趣味紀田順一郎「書斎の四季」2013年7月11日[リンク切れ]
- ^ 1895年の玄鹿舘の広告(新聞集成明治編年史. 第九卷 - 国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『官報』第1219号「彙報」1887年7月22日。
- ^ 『新聞集成明治編年史. 第九卷』316頁。(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 桃山晴衣の音の足跡(21) 父との決別土取利行・音楽略記[出典無効]
- 1 鹿島清兵衛とは
- 2 鹿島清兵衛の概要
- 3 栄典
- 4 参考文献
- 5 外部リンク
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