鷲神社 (白岡市寺塚)とは? わかりやすく解説

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鷲神社 (白岡市寺塚)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/22 08:02 UTC 版)

鷲神社
所在地 埼玉県白岡市寺塚62
位置 北緯36度01分36.1秒 東経139度40分03.0秒 / 北緯36.026694度 東経139.667500度 / 36.026694; 139.667500 (鷲神社 (白岡市寺塚))座標: 北緯36度01分36.1秒 東経139度40分03.0秒 / 北緯36.026694度 東経139.667500度 / 36.026694; 139.667500 (鷲神社 (白岡市寺塚))
主祭神 天穂日命
社格 村社
創建 不詳
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鷲神社(わしじんじゃ)は、埼玉県白岡市神社

歴史

創建年代は不明である。ただ江戸時代後期の地誌新編武蔵風土記稿』に記載されている[1]ことから、その頃には既に存在していたものと推測される。近くにあった「東照寺」が別当寺であった。東照寺は第2代古河公方足利政氏が開基の臨済宗の寺院であったが、明治初期の神仏分離により、廃寺に追い込まれた[2]

1875年明治8年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられた。1885年(明治18年)、日本鉄道大宮 - 宇都宮間の路線(現・東北本線)を開業した。その際に当社を横断する形で線路が敷かれた。そのため、社殿のすぐ横を汽車が通るようになった。1909年(明治42年)、汽車の火の粉が社殿に燃え移り全焼してしまった。これにより、神仏分離後も当社に残されていた本地仏の釈迦如来像も焼失した。1926年大正15年)に社殿は再建されている[2]

交通アクセス

脚注

  1. ^ 新編武蔵風土記稿 寺塚村.
  2. ^ a b 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年、1448-1449p

参考文献

  • 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年
  • 「寺塚村 鷲宮社」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ201埼玉郡ノ3、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:764007/82 



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