革命運動とワーグナー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 10:00 UTC 版)
「ローエングリン」の記事における「革命運動とワーグナー」の解説
『ローエングリン』の作曲当時、ワーグナーは革命運動に身を投じている。その理由には大きく2つ考えられている。一つは自作『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』がおざなりにしか受け容れられず、自分の音楽が理解されないことへの不満、もう一つはドレスデン歌劇場の仕事への不満からくる当時の体制への批判である。しかし、ワーグナーには政治的な革命思想はなく、のちにルートヴィヒ2世の庇護を受けたことからも明らかなように、むしろ王権の権威などについては積極的な支持者であった。このため、革命運動のさなかに、主導者たちと袂を分かって逃亡したともされる。このような経験は、エルザに受け入れられずに去っていくローエングリンの姿にも投影されていると考えられている。
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