電気化学的勾配
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/31 13:57 UTC 版)

電気化学的勾配(でんきかがくてきこうばい、英: electrochemical gradient)とは電気化学ポテンシャルの勾配であり、通常は膜を越えて移動するイオンについてのものである。勾配は、化学的勾配(膜を挟んだ溶質濃度の差)と電気的勾配(膜を挟んだ電荷の差)という2つの部分から構成される。透過性の膜を挟んだ両側のイオン濃度が不均等であるときには、イオンは高濃度側から低濃度側へ単純拡散によって膜を越えて移動する。イオンは電荷を持っているため、膜を挟んで電位も形成される。膜を挟んで電荷が不均等に分布している場合、膜の両側で電荷が均等となるまでイオンの拡散を駆動する力が電位差によって生み出される[1]。
定義
電気化学的勾配は電気化学ポテンシャルの勾配である。
Na+/K+-ATPアーゼの模式図 イオンは電荷を持つため、単純拡散で膜を通過することはできない。イオンが膜を越えて輸送される機構には、能動輸送と受動輸送の2つの機構が存在する。イオンの能動輸送の例としては、Na+/K+-ATPアーゼ(NKA)が挙げられる。NKAはATPからADPと無機リン酸への加水分解を触媒し、ATP1分子の加水分解ごとに3個のNa+が細胞外へ輸送され、2個のK+が細胞内へ輸送される。その結果、細胞内は細胞外よりも負の電位となり、具体的には約-60 mVの膜電位Vmembraneが生じる[5]。受動輸送の例は、Na+、K+、Ca2+、Cl−チャネルを介したイオンの流れが挙げられる。これらのイオンは濃度勾配に従って移動する。例えば、Na+は細胞外で高濃度であるため、Na+はNa+チャネルを通って細胞内へ流入する。細胞内の電位は負であるため、陽イオンの流入によって膜は脱分極し、膜電位はゼロに近くなる。しかし、化学的勾配の影響が電気的勾配の影響よりも大きい限り、Na+は濃度勾配に従って移動し続ける。双方の勾配の影響が等しくなると(Na+の場合、膜電位が約+70 mVに達すると)、駆動力(ΔG)がゼロとなるためNa+の流入は停止する。駆動力の方程式は次のように表される[13][14]。
バクテリオロドプシンによるプロトンの汲み上げを開始する、レチナールのコンフォメーション変化の模式図。 古細菌では、バクテリオロドプシンはプロトンポンプによってプロトン勾配を形成する。プロトン勾配はH+濃度の低い側から高い側へ移動させるプロトン輸送体に依存している。バクテリオロドプシンでは、プロトンポンプは568 nmの波長の光子の吸収によって活性化され、レチナールのシッフ塩基(SB)の異性化によってK状態となる。これによってSBはAsp85とAsp212から離れ、SBからAsp85へのH+の転移が引き起こされてM1状態となる。その後、Glu194からGlu204が引き離されてM2状態に移行し、Glu204から外部溶媒へプロトンが放出される。SBはAsp96によって再プロトン化されN状態となる。Asp96の脱プロトン化状態は不安定であるため、細胞質からのプロトンによって迅速に再プロトン化が行われることは重要である。Asp85とAsp96のプロトン化はSBの再異性化を引き起こしてO状態となる。最終的に、Asp85からGlu204へプロトンが渡されてバクテリオロドプシンは基底状態となる[23][24]。
光リン酸化
光リン酸化の簡略図 葉緑体におけるPSIIによるプロトン勾配の形成の駆動は光に依存しているが、PSIIはプロトン勾配の形成のために方向性のある酸化還元反応を利用する。タンパク質を介して物理的にプロトンを輸送するのではなく、プロトンの結合を必要とする化学反応が細胞側で、プロトンの遊離を必要とする化学反応が細胞内側で起こることで結果的にプロトンが移行する。まず、P680の2つの電子を高エネルギー状態へ活性化するために、680 nmの波長の光子が吸収される。高エネルギー電子はタンパク質に結合したプラストキノン(PQA)へ移動し、その後非結合状態のプラストキノン(PQB)へ移動する。これによってプラストキノン(PQ)はプラストキノール(PQH2)へと還元され、ストロマから2つの光子を獲得した後PSIIから解離する。P680の電子は酸素発生複合体による水分子の酸化によって補充される。その結果、O2とH+がルーメンへ放出される[23]。全体の反応は次のように表される。
ミトコンドリアの電子伝達系の詳細な模式図 電子伝達系では、複合体Iが還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)から2つの電子を移動することにより、ユビキノン(UQ)からユビキノール(UQH2)への還元を触媒する。それに伴って、4つのプロトンがミトコンドリアマトリックスからIMSへ移行する[27]。
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