道仁会との「山道抗争」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 03:21 UTC 版)
1980年代のなかば頃には、傘下組織の「中神会」と道仁会系「古賀一家」との熊本県人吉市での抗争(1986年)がやがて「山道抗争」と呼ばれる大規模な抗争に発展。時の総長・稲葉実、および道仁会会長・古賀磯次、ともに服役で社会不在の状態にあったことが災いし、さらに福岡県内最大の山口組二次団体であった伊豆組が参戦したことで、抗争は激化。多くの死傷者を出した末、最終的には伊豆組組長・伊豆健児が山口組側の代表として道仁会との手打ちに臨んだ結果、1987年、3月をもって抗争はひとたびの終結を見た。
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