近頃なぜかチャールストン
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近頃なぜかチャールストン | |
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監督 | 岡本喜八 |
脚本 | 岡本喜八 利重剛 |
製作 | 岡本喜八 佐々木史朗 |
出演者 | 利重剛 財津一郎 小沢栄太郎 |
音楽 | 佐藤勝 |
撮影 | 加藤雄大 |
編集 | 阿良木佳弘 |
配給 | ATG |
公開 | ![]() |
上映時間 | 117分 |
製作国 | ![]() |
言語 | 日本語 |
『近頃なぜかチャールストン』(ちかごろなぜかチャールストン)は、1981年に公開された日本映画。喜八プロ・ATG制作、ATG配給で、監督は岡本喜八。白黒映画[1]。
軽妙なタッチの中に、戦争への批判、戦前派・戦中派の心境、日本の平和呆けへの戒めを込めた喜劇作品。
あらすじ
不良少年の小此木次郎は、婦女暴行未遂を働いて留置場に放り込まれた。留置場には、日本人であることを捨てた、自称「ヤマタイ国」の閣僚を名乗る6人の老人たちがいて、彼らは日本の国会議事堂に表敬訪問に訪れた際、無銭飲食で捕まったのだった。翌朝、次郎と老人たちは釈放されるが、「ヤマタイ国」が気になる次郎は彼らの住処を訪れ、「不法入国」で捕まってしまう。スパイ容疑による死刑を何とか免れた次郎は、「ヤマタイ国」の労働大臣(雑用係)に任命され、老人たちとの奇妙な共同生活を始める・・・。
スタッフ
キャスト
- 小此木次郎:利重剛
- タミ子:古舘ゆき
- 大作刑事:財津一郎
- 中町刑事:本田博太郎
- 内閣総理大臣:小沢栄太郎
- 陸軍大臣:田中邦衛
- 文部大臣:殿山泰司
- 外務大臣:今福将雄
- 大蔵大臣:千石規子
- 逓信大臣:堺左千夫
- 内閣書記官長:岸田森
- 寺尾市議会議員:平田昭彦
- 小此木宗親:藤木悠
- 殺し屋・飯室:寺田農
- 警察署長:滝田裕介
製作
1981年の始めに製作費1,000万映画で有名なATGが[2]、「今、1000万円で何が可能か?」を探るべく、「もう一度1,000万映画」というコンセプトで[1]、1981年の1,000万映画として、『ガキ帝国』『九月の冗談クラブバンド』『生きてゐる小平次』『KID NAPING BLUES(誘拐の唄)』(全て発表時のタイトル)とともに5本のうちの1本として製作を発表した[1][2]。1979年にATG二代目社長になった佐々木史朗のアイデアで、佐々木は「あくまで方法の実験。かつてのATGのテツを踏むつもりはない。恒常化して同じ監督に又やってもらうつもりもない。アイデアがある程度出切ったらピリオドを打つ」などと述べた[1]。当時映画を1,000万円で作るということは、常識を打ち破るような"発想の転換"や"アイデア"が必要条件となり、スタッフ等にしわ寄せが来ると予想された[1]。本作の内容は「それからの『肉弾』ともいうべき中高年のバラード」と説明があった[2]。また5本はいずれも東京ではシネマ・プラセットで公開すると発表された[2]。
撮影
制作資金の不足からセットが組めなかったため、岡本監督の自宅がそのまま撮影に使用されている。人員を大幅に圧縮し[1]、白黒16ミリで撮影し[1]、劇場公開用の35ミリにブロー・アップした[1]。また時速8カットの速撮を試みるなど四苦八苦の撮影だったという[1]。
作品の評価
『シティロード』は「近頃流行のフワフワ映画の逆手をとったというか、登場人物の大半はオジン。雰囲気を出すための小物なんてチャラチャラしたものはなく、モノクロ画面が一層スッキリとした印象で中々快い。多少、感覚的に古いか…」などと評している[1]。
脚注
外部リンク
固有名詞の分類
映画作品 |
恩讐 オーメン 最後の闘争 近頃なぜかチャールストン 拳銃残酷物語 血の河 |
日本の映画作品 |
スキトモ アサンテ サーナ 近頃なぜかチャールストン 恐怖のヤッちゃん ALWAYS 続・三丁目の夕日 |
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