西口地下広場のダンボール村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 18:27 UTC 版)
「新宿ダンボール村」の記事における「西口地下広場のダンボール村」の解説
西口地下広場に移転してすぐの時点では、そこはホームレスの緊急避難場所という形にして連日炊き出しを行い支援への協力を訴えた。この模様はマスコミに報道され、一日に20万円近くのカンパが集まることもあった。その時にはビニールシートで囲われた場所に数十人が集団で就寝するという形であった。 緊急避難場所の開設から2週間程度が過ぎるとダンボールハウスを再建させる人が出始め、あっという間にその場所はダンボールハウスで埋まり、以前のダンボール村以上に多くの人が住むようになった。こうしてダンボール村が再建されると緊急避難場所は閉鎖された。その後もダンボールハウスは増え続け、イベントコーナーに留まらず新宿駅西口地下広場全体にまで広がった。ダンボールハウスを建てずに住んでいた人も含めると300人近くに上る規模にまでなった。 ダンボール村には、そこで暮らす人々の魅力に惹かれた写真家やアーティスト、ジャーナリストが集まり、様々な立場の人々が交流する場にもなった。1997年末にはボランティアによって年越しコンサートが企画され、数組の音楽家が演奏し数百人が集まった。
※この「西口地下広場のダンボール村」の解説は、「新宿ダンボール村」の解説の一部です。
「西口地下広場のダンボール村」を含む「新宿ダンボール村」の記事については、「新宿ダンボール村」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から西口地下広場のダンボール村を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。

- 西口地下広場のダンボール村のページへのリンク