衣浦荘の発足
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 09:06 UTC 版)
衣浦湾に面したこの地域は風光明媚な土地として知られ、大正時代には近藤坦平が院長を務める洋々医館の別荘である沖見園があった。 太平洋戦争中の1944年(昭和19年)、愛知県碧海郡明治村東端(現在の安城市)に明治航空基地が完成し、多数の隊員が東端地域に流入した。海軍将校の慰安所を建設する目的で、当局によって衣浦湾岸の約9,900平方メートルの土地が斡旋され、公娼街として衣浦荘が発足した。碧南や高浜の料理業者や旅館業者など約15人が集まって特殊飲食店を開業したのである。
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