藤原家隆とは? わかりやすく解説

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ふじわら‐の‐いえたか〔ふぢはら‐いへたか〕【藤原家隆】

読み方:ふじわらのいえたか

[1158〜1237]平安末期鎌倉前期歌人。名は「かりゅう」とも。寂蓮養子藤原俊成学び、「新古今和歌集撰者一人となり、藤原定家並び称された。家集に「壬二(みに)集」がある。


ふじわら‐の‐かりゅう〔ふぢはら‐〕【藤原家隆】

読み方:ふじわらのかりゅう

ふじわらのいえたか


藤原家隆

読み方ふじわらの いえたか

鎌倉前期歌人公卿。光隆の三男寂蓮の婿。幼名は雅隆、壬生二品坊城称す藤原俊成門人で、藤原定家並び称された。和歌所寄人となり、『新古今和歌集』の選者一人選ばれる後鳥羽院土御門院親交があった。家集に『壬ニ集』がある。嘉禎3年(1237)歿、79才。

藤原家隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/21 13:27 UTC 版)

藤原 家隆(ふじわら の いえたか)




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