著名なコリ・コロ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 13:45 UTC 版)
『古事記』や『日本書紀』などには作鏡連らの祖とされる「イシコリドメ」(石凝姥命、伊斯許理度売命、石許利止売命、イシコリトベとも)が登場する。「トベ」や「ドメ」は首長あるいは女性を表す古代の称号で、「イシコリドメ」とは鏡作りに精通した女性首長あるいはカリスマ女性という意味である[要出典]。鏡は石を切り出して精巧に作られた鋳型に溶かした青銅を流し込んで作るため、その専門的技能者を世襲的に輩出した氏族が「鏡作氏」と呼ばれた。 「タケコロ」(建己呂命、多祁許呂命、建許呂命)は茨城国造の祖とされ(『常陸国風土記』)、その子は師長国造(相模国)、須恵国造(上総国)、馬来田国造(同国望陀郡)、石背国造(陸奥国石背郡)、道口岐閇国造(常陸国北端)、および道奥菊多国造(陸奥国菊多郡)に任じられたと『先代旧事本紀』が伝えている。 『新撰姓氏録』は庵智造の祖を「天津彦根命十四世孫建凝命(タケコリ)」、三枝部連の祖を「天津彦根命十四世孫建己呂命(タケコロ)」と記している。ここからタケコリ(建凝)はタケコロ(建己呂)と同一名であることがわかり、「コリ」から「コロ」への転化を読み取ることが出来る。
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