茨城県立結城第二高等学校とは? わかりやすく解説

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茨城県立結城第二高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/07 14:11 UTC 版)

茨城県立結城第二高等学校
北緯36度17分42.2秒 東経139度52分32.2秒 / 北緯36.295056度 東経139.875611度 / 36.295056; 139.875611座標: 北緯36度17分42.2秒 東経139度52分32.2秒 / 北緯36.295056度 東経139.875611度 / 36.295056; 139.875611
過去の名称 結城町立女子技芸學校
結城郡結城女學校
結城実科高等女學校
結城高等女學校
茨城縣立結城高等女學校
茨城県立結城女子高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者  茨城県
理念 人とつながるオンリーワン
みんなが資源 みんなで支援
設立年月日 1913年4月12日
創立記念日 5月1日
共学・別学 男女共学
課程 定時制課程
二部以上の授業 午前部
午後部
夜間部
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科
学期 2学期制
学校コード D108220700028
高校コード 08171A
所在地 307-0001
茨城県結城市結城7355
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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茨城県立結城第二高等学校(いばらきけんりつゆうきだいにこうとうがっこう)は、茨城県結城市にある県立高等学校である。

概要

1913年(大正2年)に結城町立女子技芸学校として創立。1942年(昭和17年)、結城町から茨城県に移管されて、茨城県立結城高等女学校と改称し、1948年(昭和23年)の学制改革により、茨城県立結城女子高等学校となる。その翌年の1949年(昭和24年)に男女共学として茨城県立結城第二高等学校と改称されて、2008年(平成20年)より全日制から三部定時制に移行されて現在に至る。

定時制課程の普通科のみの教育が行われている。かつて全日制時代は、校訓「健実」を掲げ、特に女子教育には古い伝統があることで知られた普通科15学級と家政科6学級がある女子生徒のみ在学した高校で、クラブ活動が盛んなソフトボール・ハンドボール・卓球などで県大会上位の成績を収める強豪校であり、地域に密着したボランティア活動の普及事業協力校としての活動も行われていた[1]

設置学科

かつては全日制と定時制の両課程があったが、現在は定時制のみである。

沿革

  • 1913年 - 結城町立女子技芸学校として設立[1]
  • 1925年 - 結城郡結城女学校に校名改称。
  • 1931年 - 結城実科高等女学校に改称。
  • 1939年 - 結城高等女学校に改称。
  • 1942年 - 県立移管に伴い、茨城県立結城高等女学校に改称[1]
  • 1948年 - 学制改革に伴い、茨城県立結城女子高等学校に改称[1]
  • 1949年 - 男女共学化に伴い、茨城県立結城第二高等学校に改称[1]
  • 2008年 - 三部制定時制単独校に再編、全日制募集停止。

著名な出身者

脚注

  1. ^ a b c d e 高野正治『茨城県大百科事典』茨城新聞社、1981年10月8日、1055頁。「結城第二高等学校」 

関連項目

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