航海時期について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 09:55 UTC 版)
大プリニウスは、紀元前350年ごろ生まれた歴史家ティマエウスがピュテアスがコハクを発見したという話を信じていたと伝えている。ストラボンは、紀元前285年ごろ亡くなったディカエアルコスはピュテアスの話を信じていなかったと伝えている。ピュテアスの航海の期間についての手がかりはそれらの記述が全てである。ティマエウスが何かを書き記すとしたら20歳(紀元前330年)以降だと考えられ、ディカエアルコスが後世に残るような作品を書いたのは紀元前300年以降と考えられるため、Tozer は航海が紀元前330年から紀元前300年の間になされたと推定した。中にはティマエウスが書き残すにはあと5年必要だとして、早くとも紀元前325年以降だとしている。他には全く証拠がない。 ピュテアス自身が20歳以前には何も書いていないと仮定すれば、ティマエウスやディカエアルコスは同時代に生きており、作家として競合していたと考えられる。彼らがピュテアスの書いた物を読んだのなら、上述の期間の初期にピュテアスの航海記が書かれたはずである。
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