糸脈とは? わかりやすく解説

いと‐みゃく【糸脈】

読み方:いとみゃく

患者の脈どころに糸を掛け、その端を持って糸に伝わる脈を計ること。昔、貴人などの肌に直接触れることを避けるために行われた


糸脈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/09 20:52 UTC 版)

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糸脈(いとみゃく)は、明治時代に近代医学を導入する以前に日本で行なわれたとされる診察法。その体に直接触れることが許されない高貴な人を医師が診察する際、を見るためにその人の手首を巻き、医師は離れた所で糸を伝わって来る脈を感じ取ったというもの。もとは中国から伝わったともされるが文献資料は少なく、医学史家の間では、一般的にそのような診察法の存在については否定的である。

背景

近代以前の日本では医師の社会的地位は低く[1]、一方身分制度は強力に機能していたので、医師が高貴な人々を診察・治療する場合において様々な制限が課されるのは珍しくなかった。医師の身分は低かったので、将軍や皇族などの侍医でさえ、平伏して決して顔を上げずに脈をうかがった。

場合によっては医師の診察を忌避する事もあり、実際に、江戸時代長崎オランダ商館付きの医師として来日したスウェーデン人ツンベルク [2](Carl Peter Thunberg)がその状況を記録している。将軍に謁見する商館長に随行して江戸に行ったツンベルクは、幕府の役人から、時の将軍徳川家治の養女と思われる非常な高位の病人の治療を求められた。しかし患者に接するどころかその姿を見る事も許可されず、役人たちは治療に必要な情報も公にしなかった。そこで彼は将軍の侍医らから情報を収集し、ようやく治療しえたという[3]

こうした、医師に対する蔑みの念が、糸を用いて脈を取るという、実際にはできそうもない診察法を医師が強要される話として伝えられたかと考えられる。

糸脈の真偽

山崎佐[4]は、将軍徳川家綱の正室高厳院が乳がんにかかって亡くなった時の逸話を『医事談叢』で紹介している。それによると、奥医師[5]らは高厳院を糸脈で診察するよう将軍から命じられた。医師たちは実際に脈を取らないと治療できないと進言したが、当の高厳院は、身分の卑しい者と直接対面するのを拒み、治療を受けずに死去した。これは医師を忌避する前章の事例とも重複するが、糸脈による診察が命じられており、ここから糸脈が実際に行なわれていた可能性が考えられる。

一方、江戸時代の鈴木桃野[6]は随筆『無可有郷』の中で糸脈について触れ、糸脈という事を医家は常に行なっているけれども、実際に行なったという話はいまだに聞かず、ましてその方法は全く分からない、と記している。また『西遊記』に、孫悟空が糸脈の術を使う場面があり、それに由来するのだとも言う。更に江戸末期に加藤宜樹(かとううまき)は『南窓筆記』中で、糸脈は単に「系脈」の誤記にすぎないと書いている。

脚注

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  1. ^ 典薬寮は継続して設置されていたが、公式に医師を認定する制度がなかったので、その知識・技術・倫理は師弟関係を通して継承されるばかりでなく、全くの素人が糊口をしのぐために医者の看板を掲げる事が稀ではなかった。赤穂浪士の中で、江戸詰であった年配の者は医者になって時を稼いでいた。
  2. ^ (1743年 - 1828年)医師、博物学者。スウェーデン語は日本人になじみがなく、その正確な発音も知られていないので、彼の名前もツンベリー、テュンベリー、ツュンベルクなど幾つかの表記がある。
  3. ^ 今泉源吉『蘭学の家‐桂川の人々』
  4. ^ やまざきたすく(1888年 - 1967年)。裁判官として原敬暗殺事件などを担当後、弁護士に転ずる。東京帝国大学(現東京大学)等で医事法を講義し、日本医史学会理事長を務めるなど、医学史にも造詣が深かった。
  5. ^ 徳川幕府で、将軍やその家族の医療に携わった医官。
  6. ^ すずきとうや (1800 - 1852。)江戸時代後・末期の儒学者。弓術や文章、絵画に優れた。

参考文献

  • 布施昌一『医師の歴史』 中公新書 1979年

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