田中武兵衛
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田中 武兵衛(たなか ぶへえ、1853年1月14日(嘉永5年12月5日)[1] - 1918年(大正7年)5月31日[2])は、麹町区(現在の千代田区)平河町5-11や隼町1-4付近の通称「三軒家」で、江戸時代初期より茶商や両替商の伊勢武(伊勢屋武兵衛)を営んでいた3軒のうちの1軒の当主の名前である。他2軒は「三河屋酒店」の磯貝善兵衛と、「魚屋・伊せ彦」の永田安次郎である。
経歴
先代武兵衛の長男として生まれ、1889年に家督を相続。1894年、田中銀行を創立し頭取となり銀行家となった。1896年、升本喜兵衛とともに土地株式会社を興す。1897年、麹町銀行を創立し、頭取となった。中央貯蓄銀行の設立に携わり、その頭取となる。木場銀行の創立に参画しその監査役となり、麹町区会議員、富倉貯蓄銀行の相談役も務めた。東京府多額納税者であった。
その長男の正之助も武兵衛を襲名し、杉浦鉄工所の監査役や東京金網株式会社社長、帝国煉瓦株式会社の監査役、田中土地建物代表社員を務めた。弟の治之助(先代武兵衛の五男)が養子となり、その養子は甥(武兵衛長男)である正治となった。宗教は浄土真宗。
親族
脚注
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