田中武兵衛とは? わかりやすく解説

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田中武兵衛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/24 07:20 UTC 版)

田中 武兵衛(たなか ぶへえ、1853年1月14日嘉永5年12月5日[1] - 1918年大正7年)5月31日[2])は、麹町区(現在の千代田区平河町5-11や隼町1-4付近の通称「三軒家」で、江戸時代初期より茶商や両替商の伊勢武(伊勢屋武兵衛)を営んでいた3軒のうちの1軒の当主の名前である。他2軒は「三河屋酒店」の磯貝善兵衛と、「魚屋・伊せ彦」の永田安次郎である。

経歴

先代武兵衛の長男として生まれ、1889年に家督を相続。1894年、田中銀行を創立し頭取となり銀行家となった。1896年升本喜兵衛とともに土地株式会社を興す。1897年、麹町銀行を創立し、頭取となった。中央貯蓄銀行の設立に携わり、その頭取となる。木場銀行の創立に参画しその監査役となり、麹町区会議員、富倉貯蓄銀行の相談役も務めた。東京府多額納税者であった。

その長男の正之助も武兵衛を襲名し、杉浦鉄工所の監査役や東京金網株式会社社長、帝国煉瓦株式会社の監査役、田中土地建物代表社員を務めた。弟の治之助(先代武兵衛の五男)が養子となり、その養子は甥(武兵衛長男)である正治となった。宗教は浄土真宗

親族

  • 妻 さと(牛込区肴町の蒲鉾商の加藤藤蔵娘)1859年11月生
    • 長男 正之助 1877年10月 -
    • 長男妻 あい(大倉孫兵衛の二女)1878年12月 -
    • 次男 孝之助(材木商近江屋、木場銀行取締役の山田喜助の養子。深川区大和町)
    • 養子 金之助(静岡県平民勝矢彦八孫、後に士族木村藤吉に養子)
    • 男 誠之助
    • 泰之助(山口県士族坂田貞重の養子)
    • 娘 テイ(技師水野徳右衛門次男の信之助と結婚)[3]

脚注

  1. ^ 人事興信録第4版
  2. ^ 『官報』第1786号附録、1918年7月16日。
  3. ^ 人事興信録 第8版



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