特別攻撃隊時代
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1943年10月1日、中央大学を卒業し、志願して第20振武隊 特操1期生として入隊。この頃から、利夫は死を覚悟していたと言う。 利夫が正式に智恵子と婚約を始めたのは1945年3月であった。利夫は、同年3月8日、特別に休暇を貰い、故郷の福島で両親に「私は、特攻隊としてこの戦争で死にます。けれど、死ぬ前にどうしても智恵子さんと一緒になりたかった。」と説得。両親も利夫の説得に応じてくれた。利夫は翌日9日に、東京の智恵子の家を訪ねた。智恵子の両親も、利夫の説得に応じてくれ、喜んだ利夫は、目黒区にある親戚の家に泊まった。しかし、翌日の3月10日、東京大空襲により、利夫は慌てて家を飛び出し、智恵子が無事か確認しに行った。しかし、利夫と智恵子は、東京の大鳥神社で遭遇。お互いに生き延びた事を喜んでいた。しかし、利夫は、間もなく飛行場に戻る事となり、国電で送る事となった。しかし、息苦しかったため、池袋駅で降りる事になった。ここで2人は別れを告げた。
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