渡辺勘吉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/14 23:18 UTC 版)
渡辺 勘吉(わたなべ かんきち、1910年(明治43年)1月2日[1] - 1988年(昭和63年)10月31日[2])は、日本の政治家。参議院議員(1期、日本社会党)。
経歴
岩手県出身。1950年小樽高等商業学校卒。岩手県産業組合連合会に入り、同県信連、同県中央会各参事、全国農業会企画部長、全国農協中央会農政部長などを歴任する[2]。1962年の参院選で日本社会党公認で岩手地方区から立候補し、現職の千田正らを破って当選する[3]。参議院議員は1期務め、1968年の参院選で落選した[3]。落選後の1971年の花巻市長選挙に無所属で立候補したが、現職の八重樫利康に敗れた[4]。1980年春の叙勲で勲三等旭日中綬章受章[5][6]。1988年10月31日死去、78歳。死没日をもって正五位に叙される[7]。
脚注
参考文献
- 渡辺勘吉のページへのリンク