松伏神社とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 松伏神社の意味・解説 

松伏神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/13 05:17 UTC 版)

松伏神社
所在地 埼玉県北葛飾郡松伏町田中2-4-2
位置 北緯35度55分35.9秒 東経139度48分46.2秒 / 北緯35.926639度 東経139.812833度 / 35.926639; 139.812833 (松伏神社)座標: 北緯35度55分35.9秒 東経139度48分46.2秒 / 北緯35.926639度 東経139.812833度 / 35.926639; 139.812833 (松伏神社)
主祭神 経津主命
社格 村社
創建 不詳
別名 後香取(旧称)
テンプレートを表示

松伏神社(まつぶしじんじゃ)は、埼玉県北葛飾郡松伏町神社

歴史

創建年代は不明である。ただ江戸時代後期の地誌新編武蔵風土記稿』に掲載されていることから、少なくとも江戸時代後期には既に存在していたものと推測される。『新編武蔵風土記稿』によれば、当時の松伏村には鎮守の香取神社が二つあり、当社は「後香取」、もう一つの鎮守は「前香取」と呼ばれていた。近くにあった「北之坊」が別当寺であった。北之坊は明治初期の神仏分離により、廃寺に追い込まれた[1]

1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1909年(明治42年)の神社合祀により、「前香取」を始めとする周辺の6社が合祀された。その際に「松伏神社」に改称した。1982年昭和57年)、県道19号線拡張工事のため、現在地に移転した[1]

当社の行事に「ささら獅子舞」がある。本来は当社に合祀された「八幡社」の行事であった。昭和50年代に存続の危機に立たされたが、松伏町立松伏小学校の児童から希望者を募り、芸能の伝授を行ったことで、何とか危機を脱することができた[1]

文化財

  • ささら獅子舞の免許状(松伏町指定有形文化財 昭和50年6月1日指定)[2]
  • ささら獅子舞(松伏町指定無形文化財 昭和50年6月1日指定)[3]

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b c 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』埼玉県神社庁、1992年、926-927p
  2. ^ ささら獅子舞の免許状松伏町
  3. ^ ささら獅子舞松伏町

参考文献

  • 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』埼玉県神社庁、1992年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  松伏神社のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「松伏神社」の関連用語

1
松伏砂丘 百科事典
6% |||||

松伏神社のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



松伏神社のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの松伏神社 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS