寺院における「公人」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 15:28 UTC 版)
「公人 (役職)」の記事における「寺院における「公人」」の解説
東大寺・興福寺・延暦寺・東寺などの大寺院に属する下級職員(中綱・小綱・専当・勾当・堂童子・仕丁・職掌)などを総称して公人と称した。鎌倉時代以後、荘園における年貢・公事の徴収や未進譴責、検断そのたの雑役に従事した。彼らは寺院の周辺に居住して座的な集団を形成し、仲間内で血縁関係を結びながらその地位を保持した。所属する寺院から給免田の措置を受けていたが、実際には検断料・使者料などの名目で与えられる各種下行物が収入の主たる部分を占めた。東大寺・興福寺・延暦寺などでは規模・役割ともに低下させつつも江戸時代まで存在した。
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