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姜能洙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/21 19:11 UTC 版)

姜能洙
各種表記
チョソングル 강능수
漢字 姜能洙
発音 カン・ヌンス
英語表記: Kang Nung-su
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姜 能洙(康 能洙、カン・ヌンス、朝鮮語: 강능수1930年2月21日 - 2015年7月21日)は、朝鮮民主主義人民共和国政治家

朝鮮労働党中央委員会委員、内閣副総理、国家映画委員会委員長、朝鮮労働党映画部部長、祖国統一民主主義戦線中央委員会議長などを歴任。北朝鮮の文化芸術の専門家として知られた。

経歴

1930年に日本統治時代の朝鮮平安南道平壌に生まれる。金日成総合大学に入学し、朝鮮語文学を専攻する。1973年に朝鮮作家同盟中央委員会副委員長に任命されてからは、朝鮮文学創作社副社長、4.15文学創作団団長など文学に関するポストを歴任。1997年金日成勲章を授与された。1999年には文化相に任命された。2001年には、訪朝した韓国の金ハンギル文化観光部長官と会談した[1]2003年には文化相を解任されるが、最高人民会議第11期代議員に選出され、最高人民会議副議長に選出された。

2006年金正日総書記国防委員長)と韓国の金大中大統領の間で締結された6.15南北共同宣言の、宣言履行を目的とした6.15共同宣言実践北側委員会の副委員長に就任した。2009年に、再び文化相に任命されたが、翌2010年2月には解任され、朝鮮労働党中央委員会委員・朝鮮労働党映画部部長・国家映画委員会委員長に任命された。同年6月には崔永林内閣総理の元、内閣副総理に任命された[2]2014年に副総理職を解任された。

2015年7月21日に死去した。霊前に金正恩党委員長より花輪が送られた[3]

脚注

  1. ^ “김한길장관 10일 방북…월드컵·관광협력 논의” (朝鮮語). 東亜日報. (2001年3月7日). http://www.donga.com/news/article/all/20010307/7659154/1 
  2. ^ “差し替え:北朝鮮で最高人民会議、金正日総書記も出席”. 聯合ニュース. (2010年6月7日). https://jp.yna.co.kr/view/AJP20100607004300882 
  3. ^ “강능수 前 북한 내각부총리 사망” (朝鮮語). 中央日報. (2015年7月21日). https://news.joins.com/article/18288857 

参考サイト

  朝鮮民主主義人民共和国
先代
金珍城
文化相
2006年 - 2010年
次代
安東春
先代
崔在賢
文化相
1999年 - 2003年
次代
崔翼珪





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