天草党
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/24 08:39 UTC 版)
豊臣秀吉の九州征伐以前に天草一帯を統べていた一族。松平伊豆守に仕え、主家である天草一族の再興をかけて聖宝をめぐる争いに臨む。 天草扇千代(あまくさ せんちよ) 「天草党」の頭領。彼らの主家の嫡流で、自らも忍法「山彦」を使う忍者である。自らは忍法を封じられたまま、闘争を追うことになる。 天草党の忍者たち いずれも伊賀で鍛錬した忍者。鳥羽大膳亮、志摩法之進、葛城道四郎、秩父八十八、那智孫九郎、阿波小刑部、勿来銀之丞、厨川半心軒、百済水阿弥、結城矢五郎、曽我杢兵衛、中嶽塔之介、騎西半太夫、当麻伊三次に頭領の天草扇千代を合わせ15人。
※この「天草党」の解説は、「外道忍法帖」の解説の一部です。
「天草党」を含む「外道忍法帖」の記事については、「外道忍法帖」の概要を参照ください。
- 天草党のページへのリンク