国鉄157系電車
(国鉄サハ157形電車 から転送)
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国鉄157系電車(こくてつ157けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1959年(昭和34年)に設計・製造した長距離用直流急行形電車。後に運用の実績から特殊特急形車両に分類された[注 1]。
注釈
- ^ 準急形・急行形車両であった車両が特急列車への格上げによって事実上の特急形車両になった事例は他にも東武200・250系や300・350系、名鉄キハ8000系、京阪新3000系がある。
- ^ 近畿車輛のシュリーレン式バランサーである。
- ^ クロ157-1にも施工。
- ^ 1960年以降製造の増備車は、改良形のDT24A形・TR59A形。
- ^ 端子電圧375 V時1時間定格出力100 kW、定格電流300 A、定格回転数1,860 rpm。
- ^ 165系が搭載する制御回路用KE64形はKE57A形とも互換性があることから併結・混結は可能であるが、営業運転での実績はない。
- ^ a b 本系列と161系の併結を行う場合、床面高さが異なるため貫通幌を設置する際にはアダプターなどを介する必要がある。
- ^ 落成時5 kVA、冷房搭載時70 kVA。
- ^ ヘッドマークには列車名以外にも「特急」「快速」など種別のみを表記したものもあった。
- ^ 「そよかぜ」用ヘッドマークはデザインこそそれまでと同じだが、一枚板で差し換え不可ならびに蛍光灯を装備しないタイプ。
- ^ このコーナーは冷房装置が搭載されず天井は扇風機のままであった。
- ^ 「あまぎ」「白根」では売店営業は行われず、ワゴンによる車内販売を実施。晩年は電気冷蔵庫や電気コンロ、電気冷水器といった売店用の調理機器も撤去されていた。
- ^ クロ157形の牽引車を兼ねる1・2は、冷房化前の1962年にパンタグラフ2基搭載改造を施工。
- ^ 運転開始初日は、下り「日光」からの編成は予備車のMcM'ユニット2両増結の8両で運転された。
- ^ 快速列車は冬期に限り「日光」との共通運用化した上で継続。
- ^ 東京 - 伊東は東海道本線下りとなるほか、伊東からの田町帰区は回送列車とされた。
- ^ 1960年8月14日と1961年夏季には151系による「ひびき」の運転実績もある。詳細についてはこちらを参照。
- ^ この改正では「伊豆」が上り1本増発されており、当該列車に「湘南日光」または「臨時いでゆ」の間合使用で本系列を投入した場合は、翌朝に伊東へ回送列車で送り込み上り「湘南日光」または「臨時いでゆ」に充当した。
- ^ 当時は冷房装置未搭載だったため、同改正から夏期は1等220円・2等100円の割引特定特急料金が設定された。
- ^ 当該3列車は165系による最初の定期運用であるが、冬期運休となる「中禅寺」の運転開始は同年4月25日からとなった。
- ^ 不定期の「第2ひびき」は夜間大阪(宮原電車区)滞泊で、田町での折返し間合いで検査を行う関係から、恒常的に「ひびき」編成は3本が組成されていた。そのために実質的予備車はMcM'ユニット2組4両のみとされた。
- ^ 定期「日光」はダイヤ改正当日と翌2日のみ従来のサロ157形を組込まない編成で運転。また「臨時日光」は運転終了日が11月4日とされたことから、「伊豆」運転開始後も4日間のみ伊豆急下田編成と共通運用された。
- ^ このため「特別日光」「臨時日光」「日光」には工事施工前ならびに完了後の両車とも充当された。
- ^ この措置により、「伊豆」と同一区間を走行する153系使用の準急「あまぎ」「いでゆ」なども急行列車に格上げされたことで、本系列と153系の設備の違いが問題化した。
- ^ クロ157形と牽引車であるクモハ157+モハ156-1・2は1965年(昭和40年)に先行して工事を完了。
- ^ 基本は7両編成であるが、多客期には予備のMcM'ユニットを増結して定期と同様の9両編成で運転されたケースもある。
- ^ この問題は同様の下降窓構造を持つ他系列のグリーン車でも発生した。
- ^ 1963年製のサロ157-6に至っては13年。
- ^ 落成から廃車まで田町電車区所属のままで転出することはなかったが、解体まで開設間もない国府津機関区国府津電車基地(後の国府津電車区→現・国府津車両センター)に留置された。
- ^ 当該編成はヒーター投入乾燥後名古屋へ回送され、翌日の2008M上り「おおとり」に充当された。
- ^ いわゆる「替えだま」
- ^ いわゆる「新替えだま」あるいは「ニセこだま」
- ^ 同編成は逗子などに疎開したが、新潟運転所(現・新潟車両センター)所属の165系が多数罹災して車両不足となったことから20日 - 23日には急行列車に投入された。
- ^ 戦前から戦後初めにかけて充当。
- ^ 同様の前面構造を持つ車両では唯一車籍が残存する。
- ^ 1969年に40 kVAのものに交換。
- ^ 防犯上防弾ガラスである。
- ^ 一部の文献では「安全上等の理由から、通常クロ157形が編成端につくことはない」と間違った記述のある文献も見受けられる。
- ^ 廃車前日の11月27日に両McM'ユニットの間にサロ165-50・12を挟み大船工場(後の鎌倉総合車両センター)に自力回送された。
- ^ クロ157形牽引のみならず運用面でも同様に東京都内と伊豆・草津を結ぶ特急のほか、かつては首都圏と日光を結ぶ臨時特急「日光」にも充当された。このほか大宮総合車両センター所属のOM08編成は2012年(平成24年)2月からストライプ塗装にされる2015年(平成27年)まで本系列を模した塗装を施工。
- ^ その後のお召し列車は1号編成が使用されたほか、2007年(平成19年)にはお召し列車用車両の置換えを目的としたハイグレード車両E655系電車を製造しており、以降はE655系が主に使用されている。
- ^ 多数の文献でクロ157形は営業列車として運転したことがないと記述されているが、本事例により厳密には間違いである。
出典
- 1 国鉄157系電車とは
- 2 国鉄157系電車の概要
- 3 概要
- 4 運用
- 5 貴賓車クロ157形
- 6 脚注
固有名詞の分類
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