名取武光とは? わかりやすく解説

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名取武光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/10 15:58 UTC 版)

名取 武光(なとり たけみつ、1905年〈明治38年〉1月13日 - 1987年〈昭和62年〉10月3日)は、日本の考古学者

経歴

1905年(明治38年)1月13日長野県諏訪郡富士見村に生まれる[1]

1925年(大正14年)4月、北海道帝国大学予科に入学し、卒業後の1928年(昭和3年)4月、同大学農学部生物学科に進学する[1]

大学卒業後の1931年(昭和6年)4月、同大学農学部付属博物館に就職する[1]。また、同年12月26日、中山きよと結婚した[1]

1933年(昭和8年)、北海道史跡名勝天然記念物調査委員となる[1]

1949年(昭和24年)8月8日、北海道大学理学部助教授となる[2]

1951年(昭和26年)11月、日本民族学協会の評議員となる[2]

1953年(昭和28年)6月16日、北海道大学文学部の非常勤職員に就任[2]。また、同年には日本考古学会の評議員となる[2]

1955年(昭和30年)7月14日、北海道文化財専門委員となる[2]

1963年(昭和38年)10月、北海道考古学会の顧問となる[3]

1968年(昭和43年)3月31日、定年により北海道大学を退職[3]

1969年(昭和44年)11月3日、第21回北海道文化賞(科学)を受賞[3]

1986年(昭和61年)11月5日、地域文化功労者として文部大臣より表彰される[3]

1987年(昭和62年)10月3日午後2時13分、急性肺炎のため82歳で死去[3]

脚注

  1. ^ a b c d e 松下 1988, p. 1.
  2. ^ a b c d e 松下 1988, p. 2.
  3. ^ a b c d e 松下 1988, p. 3.

参考文献

  • 松下亘「名取武光先生略年譜・著作目録」『北海道考古学』第24輯、北海道考古学会、1988年3月、1 - 9頁、ISSN 0287-2161 



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