古今亭志ん陽とは? わかりやすく解説

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古今亭志ん陽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/18 05:30 UTC 版)

古今亭 ここんてい よう

古今亭志ん陽定紋「鬼ツタ」
本名 殖栗 ふえくり 不二雄 ふじお
生年月日 (1974-10-24) 1974年10月24日(50歳)
出身地 日本東京都北区
師匠 三代目古今亭志ん朝
初代古今亭志ん五
六代目古今亭志ん橋
弟子 古今亭陽々
名跡 1. 古今亭朝松
(1999年 - 2003年)
2. 古今亭朝太
(2003年 - 2012年)
3. 古今亭志ん陽
(2012年 - )
出囃子 越後獅子
活動期間 1999年 -
配偶者 田畑めぐみ
所属 落語協会
公式サイト 公式プロフィール

古今亭 志ん陽(ここんてい しんよう、1974年10月24日 - )は、東京都北区出身の落語家。本名∶殖栗 不二雄。キャスターの田畑めぐみは妻。落語協会所属。出囃子は『越後獅子』。TCP Artistとは業務提携。

経歴

東京農業大学第一高等学校卒業。拓殖大学[1]在学中、フリーマーケットで五代目古今亭志ん生のカセットテープを購入したのを機に、落語家を志すようになる。志ん生に入門することを考えるが、既に故人となっていたため、その弟子で長男の十代目金原亭馬生に入門しようと考えた。しかし、馬生もまた故人となっていたため、志ん生の弟子で馬生の弟である古今亭志ん朝への入門を考える。

1998年12月三代目古今亭志ん朝に入門。翌年11月に前座となる、前座名は「朝松」。2001年10月に師匠の志ん朝が死去したことにより、兄弟子初代古今亭志ん五門下に移籍。

2003年5月古今亭志ん公桂才紫三遊亭司と共に二ツ目昇進し、一門の由緒名「朝太」に改名。2010年9月、師匠志ん五死去により、志ん五の弟弟子六代目古今亭志ん橋門下に移籍。

2012年9月に古今亭文菊と共に抜擢で真打昇進。「志ん陽」に改名。

芸歴

人物

浅草演芸ホール8月中席で毎年行われる住吉踊り連に所属している。

志ん陽、柳家小傳次柳家燕弥春風亭三朝の四人で「RAKUGOもんすたぁず」を組んでいる。

真打昇進の名前の候補に「古今亭志ん松」があったが志ん陽自身が断った。のちに「志ん松」の名前は同じ六代目志ん橋門下(生え抜き)のきょう介(現:七代目志ん橋)が二ツ目昇進時に名乗った。

志ん朝、初代志ん五と2人の師匠が死去している。六代目志ん橋門下に移籍した時に志ん橋も病に侵されたが回復。志ん橋曰く「俺も死んだら朝太の行くところが無くなると思い頑張った。」とのことであった。三番目の師匠となった志ん橋は、2023年10月に死去した[2]

弟子

二ツ目

出演

ウェブテレビ

映画

  • 二つ目物語(2022年、林家しん平監督、クロスロード)- 菊之家三馬 役

脚注

  1. ^ 古今亭志ん陽 本名 殖栗不二雄(96期) 真打昇進披露公演(拓殖大学学友会)”. 2016年8月7日閲覧。
  2. ^ 古今亭志ん橋 訃報 - 一般社団法人 落語協会 2023年10月8日
  3. ^ Inc, Natasha (2020年4月30日). “5時間の「ABEMA寄席」に柳家さん喬、入船亭扇遊、林家彦いち、隅田川馬石ら(コメントあり)”. お笑いナタリー. 2020年5月1日閲覧。

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