協会の発展的解消と再編
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/22 09:56 UTC 版)
「アントロポゾフィー協会」の記事における「協会の発展的解消と再編」の解説
会員数の急激な増加と、それに伴う組織内の人間関係(方向性)の複雑化、人智学に基づく学校や病院などの関連組織の創立に伴う問題、さらには協会外で強まる人智学に対する反対運動により、人智学協会の組織は根本的な刷新を迫られる。とりわけ、シュタイナー自身の手によって設計され、人智学運動の中心となっていた木造のゲーテアヌムが放火によって1922年の大晦日に焼失したことは決定的な出来事であった。 シュタイナーは1923年にヨーロッパ各国に自立した「邦域協会」を設立し、同年クリスマス期に、それらを包括する形での「普遍アントロポゾフィー協会」を約800名の会員と共に設立した(クリスマス会議)。この協会の設立に際してシュタイナーはアルベルト・シュテッフェン、マリー・シュタイナー、イタ・ヴェーグマン、エリーザベト・フレーデ、ギュンター・ヴァックスムートらと共に協会理事会を組織し、自身は創立理事長に就任する(このとき、中央経営陣である協会理事会はドルナハのゲーテアヌムに移されたので、以降同協会本部は「ゲーテアヌム」と呼ばれるようになる)。そして、この協会こそが“現存する”アントロポゾフィー協会なのである。
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