作用角変数

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作用・角変数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』 (2020/09/03 06:28 UTC 版)

作用・角変数 (さよう・かくへんすう, action-angle variable) とは、解析力学において可積分な正準力学系に対して導入される、作用変数と角変数の組からなる正準変数のこと。

定義

可積分系

$n$自由度の自励正準力学系がLiouvilleの意味で可積分であるとは、 $n$個の関数的に独立な孤立積分 $F_{i}$ ( $i=1,2,\cdots ,n$) が存在し、互いにPoisson可換であること、すなわち

$\left[F_{i},F_{j}\right]=0$

を満足することである。このとき、リウヴィル＝アーノルドの定理は、各積分 $F_{i}$ が値 $f_{i}$ を取る超曲面 $\bigcap _{i=1}^{n}F_{i}^{-1}(f_{i})$ が連結かつコンパクトであるならば、この曲面はトーラス $\mathbb {T} ^{n}$ と同相であること（Arnoldトーラスと呼ばれる）、そしてArnoldトーラスを含む近傍で定義された正準変数 $(\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$ が存在しハミルトニアン $H$ が $\mathbf {J}$ だけの関数になることを主張する。この定理により保証される正準変数 $(\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$ が作用・角変数である。

変数分離系

変数分離可能 (separable) な系に関しては、作用・角変数をより明示的に導入することができる。このような系では、適切な正準変数 $(\mathbf {p} ,\mathbf {q} )$ を用いると、ハミルトンの特性関数 $S(\mathbf {q} ,{\boldsymbol {\alpha }})$ を $S=S_{1}(q_{1},\mathbf {\alpha } )+S_{2}(q_{2},{\boldsymbol {\alpha }})+\cdots +S_{n}(q_{n},{\boldsymbol {\alpha }})$ という形に書くことができる。積分定数 ${\boldsymbol {\alpha }}=(\alpha _{1},\alpha _{2},\cdots ,\alpha _{n})$ の値が特定されると、各座標 $q_{i}$ が周期運動をするならば、その運動のパターンは次の二通りが可能である。

• ある有界な範囲を周期的に運動する秤動 (libration)
• 運動量が座標の周期関数となる回転 (rotaion)

このとき、定数 $\mathbf {\alpha }$ により定まる解軌道に沿った一周期に関する次の積分

$J_{i}:={\frac {1}{2\pi }}\oint p_{i}\,dq_{i}={\frac {1}{2\pi }}\oint {\frac {\partial S_{i}}{\partial q_{i}}}(q_{i},{\boldsymbol {\alpha }})dq_{i}$

により作用変数 (action variable) $J_{i}=J_{i}({\boldsymbol {\alpha }})$ が定義できる。この定義のもとでハミルトンの特性関数は $S=S(\mathbf {q} ,\mathbf {J} )$ という関数に読み替えることができ、この特性関数を母関数とする正準変換 $(\mathbf {p} ,\mathbf {q} )\mapsto (\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$ により角変数 (angle variable)

$\theta _{i}:={\frac {\partial S}{\partial J_{i}}}$

が導入される。角変数 $\theta _{i}$ は運動の一周期の間に $2\pi$ 変化する。

性質

Kronecker軌道

作用・角変数 $(\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$ を用いるとき、系のハミルトニアンは $H=H(\mathbf {J} )$ であるため、正準方程式は

${\frac {dJ_{i}}{dt}}=-{\frac {\partial H}{\partial \theta _{i}}}=0,\ \ {\frac {d\theta _{i}}{dt}}={\frac {\partial H}{\partial J_{i}}}=:\omega _{i}(\mathbf {J} )$

となる。従ってその解はただちに

$J_{i}=\mathrm {Const.} ,\ \ \theta _{i}=\omega _{i}(\mathbf {J} )t+\beta _{i}$

と求まる ( $\beta _{i}$ は定数)。従って $\omega _{i}={\frac {\partial H}{\partial J_{i}}}$ は運動の角振動数である。この解がArnoldトーラス上に描く軌道をKronecker軌道と呼ぶ。

振動数 ${\boldsymbol {\omega }}=(\omega _{1},\omega _{2},\cdots ,\omega _{n})$ がすべて互いに有理数比にある場合には、解軌道 ${\boldsymbol {\theta }}={\boldsymbol {\omega }}t+{\boldsymbol {\beta }}$ はArnoldトーラス上の周期軌道となる。一方、そうでない場合には、解軌道はArnoldトーラスを稠密に埋め尽くし、準周期軌道 (qusi-periodic orbit) または条件周期軌道 (conditionally periodic orbit) と呼ばれる。

正準摂動論

可積分ハミルトニアン $H_{0}$ に摂動 $\epsilon H_{1}$ が加わったハミルトニアン

$H=H_{0}(\mathbf {J} )+\epsilon H_{1}(\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$

を取り扱うことはしばしばある。このような近可積分系に対して適用される正準摂動論は作用・角変数に立脚して定式化される。これは、非摂動ハミルトニアン $H_{0}$ に関する作用・角変数 $(\mathbf {J} ,{\boldsymbol {\theta }})$ から摂動後のハミルトニアンに関する作用・角変数 $(\mathbf {J} ^{*},{\boldsymbol {\theta }}^{*})$ への正準変換 $S=S({\boldsymbol {\theta }},\mathbf {J} ^{*})$ を摂動的に決定するというアイデアに基づいている。

断熱不変量

作用変数 $J$ は、ハミルトニアンの断熱的な（運動の時間スケールに比べてゆっくりとした）変化に際して保存する断熱不変量になる。

具体例

調和振動子

1次元調和振動子は次のハミルトニアンにより記述される。

$H={\frac {p^{2}}{2m}}+{\frac {1}{2}}m\omega _{0}^{2}q^{2}$

この系はエネルギー $E$ が保存するため可積分であり、ハミルトンの特性関数 $S$ はエネルギーを積分定数とする

$S=\int \pm {\sqrt {2mE-m^{2}\omega _{0}^{2}q^{2}}}\,dq$

という形に求まる。ここから調和振動子の作用・角変数は $J=E/\omega _{0}$, $\theta =\arcsin \left({\sqrt {\frac {m\omega _{0}}{2J}}}q\right)$ と計算できる。

$q={\sqrt {\frac {2J}{m\omega _{0}}}}\,\sin \theta ,\ \ p={\sqrt {2m\omega _{0}J}}\,\cos \theta$

$H=\omega _{0}J$

ケプラー問題

3次元ケプラー問題のハミルトニアンは、球座標 $(r,\theta ,\phi )$ を用いるとき変数分離系となる。

$H={\frac {1}{2}}\left(p_{r}^{2}+{\frac {1}{r^{2}}}p_{\theta }^{2}+{\frac {1}{r^{2}\sin ^{2}\theta }}p_{\phi }^{2}\right)-{\frac {\mu }{r}}$

対応するハミルトンの特性関数は次式で与えられる。

$S=\int \pm {\sqrt {2C+{\frac {2\mu }{r}}-{\frac {G^{2}}{r^{2}}}}}dr+\int \pm {\sqrt {G^{2}-{\frac {G_{z}^{2}}{\sin ^{2}\theta }}}}d\theta +G_{z}\phi$

系のエネルギーが負であるときには運動は有界であり、作用・角変数 $(J_{r},J_{\theta },J_{\phi },w_{r},w_{\theta },w_{\phi })$ は次のように求められる。

$J_{r}={\sqrt {\mu a}}\left[1-{\sqrt {1-e^{2}}}\right],\ \ J_{\theta }={\sqrt {\mu a(1-e^{2})}}\,(1-\cos I),\ \ J_{\phi }={\sqrt {\mu a(1-e^{2})}}\,\cos I$

$w_{r}=M,\ \ w_{\theta }=M+\omega ,\ \ w_{\phi }=M+\omega +\Omega$

ここに $a$ は軌道長半径、 $e$ は軌道離心率、 $I$ は軌道傾斜角、 $M$ は平均近点離角、 $\omega$ は近点引数、 $\Omega$ は昇交点黄経である。このときハミルトニアンは $H=-{\frac {\mu ^{2}}{2(J_{r}+J_{\theta }+J_{\phi })^{2}}}$ と表示される。なお、天体力学において用いられるドローニー変数やポアンカレ変数は、この作用・角変数に対して接触変換を施すことで得られる正準変数である。

参考文献

• 大貫, 義郎、吉田, 春夫『岩波講座 現代の物理学〈1〉力学』岩波書店、1997年、第2刷。 ISBN 4-00-010431-4。
• 柴山, 允瑠『重点解説ハミルトン力学系 : 可積分系とKAM理論を中心に』サイエンス社、2016年。
• ゴールドスタイン, H.『古典力学（下）』矢野忠、江沢康生、渕崎（訳）、吉岡書店、2009年、原書第3版。 ISBN 978-4-8427-0350-3。
• Lichtenberg, Allan; Lieberman, Michael (1992). Regular and Chaotic Dynamics. Springer. doi:10.1007/978-1-4757-2184-3. ISBN 978-1-4757-2184-3 

関連項目

• 可積分系
• ハミルトン–ヤコビ方程式
• 天体力学
  • 軌道要素