伊達の一本締め
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/02 15:01 UTC 版)
伊達政宗ゆかりの手締めも存在する。 この手締めは三国一の武将たらんとする政宗の夢の実現の祈願を込め、「三国一」の「三」と「一」を掛けたものであり、家臣団の間でいつからか会席においてこの手締めが行われるようになった。 政宗の長女・五郎八姫の婚礼や、慶長18年(1613年)の支倉常長をはじめとする慶長遣欧使節の出帆のときもこの手締めが行われたといわれている。 江戸時代以降はそのいわれから幕府に遠慮して公には行われなくなり、宮城県松島町の円通院に代々伝承された。 一般的な流れ「よー」 パパパン 「よー」 パン
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