仮面効果とは? わかりやすく解説

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仮面効果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/09 23:28 UTC 版)

米国の漫画家スコット・マクラウドは、リアルな見た目のキャラクターよりもシンプルに描かれた「アイコン的」なキャラクターの方が感情移入しやすいと論じた。

仮面効果(かめんこうか、: masking, masking effect)とは漫画における描写の様式。米国の漫画家スコット・マクラウド英語版が著書『マンガ学』で最初に指摘した。マクラウドは人物の見分けがつく程度に単純化されたデザインのキャラクターを「アイコン的なキャラクター」と呼び、読者は作品への自己投影を行うためにそのようなキャラクターを「仮面」にすると論じた[1]。マクラウドはさらに、グラフィック・ナラティヴ英語版においては、細密に描き込まれた背景・キャラクター・物体とアイコン的なキャラクターを並置することで、特定の要素に意味を与えたり、読者のそれに対する感情的心理的な結びつきを強めたり弱めたりできると述べている[2]

仮面効果は漫画以外にもアニメーション絵本ビデオゲーム(特にビジュアルノベル)のようなさまざまなメディアで見られる[3]日本の漫画アニメでは一般的な手法であり、マクラウドは日本では現在、仮面の効果は、実質的に国のスタイルとさえ言えると述べている[4][5]

種類

マクラウドは仮面効果を3種類に分類している[6]

  1. リアルで細密な背景の中に置かれたアイコン的なキャラクター
  2. リアルで細密なキャラクターと並置されたアイコン的なキャラクター
  3. シンプルに描かれていた物品が唐突にディテールまでリアルに描写される

1つ目は、読者が細密に描写された物語の世界に入っていくためにアイコン的なキャラクターを「仮面」として被るという説である[1]。マクラウドによると、読者は顔の絵を見ると各部位(特に目や口)を注視して感情を読み取るが、アイコン的なキャラクターにはそのようなディテールが不在であり、読者が自身の感情を投影する余地が残る[7][8]。リアルで細かく描き込まれた背景にアイコン的なキャラクターを置くと、周囲の環境の他者性、およびキャラクターの「空白のキャンバス」としての機能が強調されるため、読者のテキストへの結びつきが強められる[2][9]竹内正人はこの効果の説明として、目で見る他者の顔がリアルな像であるのに対し、自分の顔は個性のない落書き程度の簡単な似顔絵として想像するしかないため、記号化された絵は「自分の顔」を想起させると述べている。竹内によるとその機構はの表現に通じる[10]

2つ目は、キャラクターの描き方をシンプルにしたり細密にしたりすることで読者に同化や客体化を促す手法である[6]。日本の少年向け漫画やアニメでは、敵役をリアルな画風で描くことで、シンプルに描かれた主人公に対する他者性を強調する場合がある[3]。一方、少女向けの漫画やアニメでは、登場するキャラクターの見た目の差異を最小限にすることで、登場人物全体への同化を促すことがある[11]

3つ目は日本の漫画やアニメで見られる描写法の一つで、シンプルに描かれていた物体(作中人物が用いる小道具)を急にリアルなディテールまで描くことで物体としての状態を際立たせる方法である[6]。使っているキャラクターと同じシンプルな絵柄で描かれている間は、その小道具はキャラクターの延長として見られる[6]。しかしリアルな細部まで描かれると、読者は「重さや質感や物理的な複雑性」のような現実的な要素に目を止め、それが一つの物体だと意識することになる[6][12]

西洋のコミックにおいて

仮面効果の中でもリアルで細密な背景にアイコン的なキャラクターを置くタイプはエルジェバンド・デシネシリーズ「タンタンの冒険」で中心的な役割を果たしている。エルジェの「リーニュクレール(明瞭な線)」と呼ばれる画風は抽象性化された描写と写実性を組み合わせたもので、読者は捉えどころのない見た目の主人公タンタンに同化して、各コマに細密に描かれた背景世界を進んでいくことができる[13]

アフリカ研究英語版の専門家ナンシー・ローズ・ハントはリーニュクレールの画風をそのように解釈することに疑義を呈している。ハントによると、非白人の受け手は「タンタン」の白人しかいない主要キャラクターに同化することが困難であり、特に非白人のキャラクターがレイシスト的なカリカチュアとして主人公のそばに描かれている場合にそれが顕著となる[14]。ハントは例として、コンゴ人の読者にとっては、自国を植民化したベルギーの出身とされているタンタンの仮面を被ることは困難だろうと述べている[15]。また、ハントによると同作に数多く登場するアイコン化されたコンゴ人キャラクターのデザインはミンストレル・ショーにおける人種差別的な黒人描写に近く、コンゴ人読者はそれらの仮面を被るのも困難だと考えられる[16]

日本の漫画において

仮面効果の理論が適用できる日本作品の一つにONE村田雄介によるヒーロー漫画『ワンパンマン』がある。この作品で主人公のサイタマはアイコン的な顔を持ちシンプルな絵柄で描かれるが[17]、ほかの登場人物の多くはコスチュームや風貌のデザインが細かく複雑である[18]。その結果、多くのシーンでサイタマはリアルな外見のキャラクターと並んで描かれるため仮面効果が生まれ、読者はアイコン的なサイタマに同化してそれ以外を他者として見ることになる。

評価・研究

マクラウドがいう仮面効果の概念は、漫画の形式に関する研究のほか、漫画以外のメディアの分析において広く引用されている[19]。例として、オーストラリアの政治漫画家サム・ウォールマン英語版は、単純な絵柄で最小限の特徴だけが表現される児童文学のキャラクターを、仮面効果と同じように読者が自己を容易に投影できる「容器」と呼んだ[20]。その一方、マクラウドに対する批判もある。それらの論者はマクラウドの議論が学術的な厳密さを欠いていることを指摘している[21]。また仮面効果という概念の普遍性を疑問視し、「単純さ」は主観的なものであって何が単純で何が複雑かを分ける要因は文化ごとに異なると論じた[22]。またさらに、読者は描かれた外見以外にもキャラクターの性格や全体のプロットのような物語要素を通じて作品と感情的につながることもあると主張した[23][24]

構図の研究者 Christiane Buuck とキャシー・ライアンは、細密な背景の中に置かれたシンプルなキャラクターだけではなく、シンプルな背景の中に置かれた細密なキャラクターにも同一化が生じると論じ、マクラウドの前提を部分的に超えて仮面効果の概念を敷衍した[2]。Buuckとライアンはショーン・タンの『アライバル英語版』を例に挙げている[2]。同作では人間キャラクターがフォトリアリスティックに描かれているのに対し、人間以外のキャラクターや背景世界は単純化されたファンタジー的なデザインがなされている[25]。Buuckらは、同作のリアルな人間キャラクターが読者にとって自己を収める「容器」になりえない一方、「未知の」環境に入り込むためのガイドとして機能すると論じた[2]。Buuckらによると、細密なキャラクターがシンプルな、もしくはリアルではない背景の中に置かれていると、読者はそれらのキャラクターに自己を同化させるのではなく、自分がそれらと並んで作中に存在しているように想像する[26]

関連項目

脚注

出典

  1. ^ a b McCloud 1994, pp. 42–43.
  2. ^ a b c d e Buuck & Ryan 2017, p. 156.
  3. ^ a b Wolf 2014, p. 109.
  4. ^ McCloud 1994, p. 43.
  5. ^ マクラウド 2020, p. 51.
  6. ^ a b c d e McCloud 1994, p. 44.
  7. ^ Chang & Lin 2019, p. 186.
  8. ^ Müller 2013, p. 103.
  9. ^ Van Wolputte 2020, p. 65.
  10. ^ 竹内 2002, pp. 145–146.
  11. ^ Kacsuk 2018, p. 6.
  12. ^ マクラウド 2020, p. 52.
  13. ^ Hunt 2002, p. 97].
  14. ^ Hunt 2002, pp. 97–98.
  15. ^ Hunt 2002, p. 97.
  16. ^ Hunt 2002, p. 98.
  17. ^ Valdez 2020.
  18. ^ Peters 2019.
  19. ^ Heer & Worcester 2009, p. 16.
  20. ^ Griffiths & Barbour 2016, p. 63.
  21. ^ Frome 1999, p. 82.
  22. ^ Salamanca & Rodríguez 2017, p. 97.
  23. ^ Frome 1999, p. 84.
  24. ^ Xin 2011, p. 9.
  25. ^ Yang 2007.
  26. ^ Buuck & Ryan 2017, pp. 156–157.

参考文献

書籍

雑誌論文、学位論文

報道、雑誌記事




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