人我見・法我見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/13 06:24 UTC 版)
個人の主体としての自我(我 pudgala、ātman)が存在する、という誤った見解を「人我見」「我見」というのに対して、個人の構成要素および外界のあらゆるものに実体(自性 svabhaava、自相 svalakṣaṇa)を認める誤った見解を「法我見」という。
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