上皇(太上天皇)の尊称
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/01 19:02 UTC 版)
823年 (弘仁14年)、嵯峨天皇が京都の嵯峨に御所を移し、嵯峨院と称せられたことにより、太上天皇の異称としての院号が定着した。例えば、冷泉天皇や円融天皇がそれぞれ譲位後に冷泉院、円融院と呼ばれた。 時期によっては上皇・法皇の人数が複数になった。その際には御在所の名称で(場合によっては崩御後にそのまま追号となる場合もある)か、在位の前後において一院(本院とも)・中院(3名以上いる場合)・新院と呼んで区別した。
※この「上皇(太上天皇)の尊称」の解説は、「院号」の解説の一部です。
「上皇(太上天皇)の尊称」を含む「院号」の記事については、「院号」の概要を参照ください。
- 上皇の尊称のページへのリンク