ポンド・スターリングの脱退
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/11 17:42 UTC 版)
「欧州為替相場メカニズム」の記事における「ポンド・スターリングの脱退」の解説
1990年イギリスは欧州為替相場メカニズムに参加したが、1992年には退場を余儀なくされた。これはポンド・スターリングがジョージ・ソロスなどの通貨を対象とした投資家の巨大な圧力を受けたためで、このため1992年9月16日に発生したポンド危機は "Black Wednesday" (暗黒の水曜日)と呼ばれるようになる。イギリスはポンド危機の対処のために数度の政策転換を繰り返し、結果1992年以降の好景気をもたらすことになった。このことから一部からはポンド危機を "White Wednesday"(白い水曜日)と呼ばれることがある。またイギリスが1990年代初頭に不況に見舞われたことから、ERMを恒久的不況メカニズム (Eternal Recession Mechanism) と揶揄する者もいた。イギリスは為替相場の変動幅を押さえるために、金準備を含め60億ポンド以上を費やした。
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