ペロポネソス戦争後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 07:44 UTC 版)
「リュサンドロス (提督)」の記事における「ペロポネソス戦争後」の解説
戦後、リュサンドロスはクリティアス、テラメネスらを援助し、アテナイの三十人政権樹立に協力した。しかし、紀元前404年にトラシュブロスら民主派の武装蜂起によって政権は転覆し、民主制に戻った。 紀元前400年にスパルタ王アギス2世が死んだ時、リュサンドロスは自身の意のままになるような者を王位につけようとしてその弟アゲシラオスを推し、彼の即位に尽力した。 紀元前395年にスパルタとスパルタの覇権に異を唱えた諸国との間でコリントス戦争が勃発した。リュサンドロスもまた将軍として戦ったが、戦争が勃発したまさにその年に起こったハリアルトスの戦いでテバイに敗れ、戦死した。
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