プリンセス・アリス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/23 04:53 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動プリンセス・アリス(英: Princess Alice)
人物
日本語に訳すとアリス王女もしくはアリス妃(プリンスの配偶者としてのプリンセスの場合)となる。
- アリス (ヘッセン大公妃) - イギリス女王ヴィクトリアの次女。ヘッセン大公ルートヴィヒ4世の妃。
- アリス・オブ・オールバニ - ヴィクトリアの四男オールバニ公爵レオポルド王子の長女。
- アリス・オブ・バッテンバーグ - ミルフォード=ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンの長女で、ギリシャ王子アンドレアスの妃。イギリス王配エディンバラ公爵フィリップの母。
- アリス (グロスター公爵夫人) - イギリス王ジョージ5世の三男グロスター公爵ヘンリー王子の妃。
人物以外
- プリンセス・アリス (客船・1865年) - イギリスの旅客船。1878年にテムズ川で沈没事故を起こした。
関連項目
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プリンセス・アリス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/06 01:28 UTC 版)
「プリンセス・アリス (客船・1865年)」の記事における「プリンセス・アリス」の解説
スコットランド、グリーノックのケアード社 (Caird&Company) は、1865年3月29日に旅客パドルスチーマー、ビュート (Bute) を進水させた。彼女は1865年7月1日に就航した。この船は、長さ219.4 ft (66.9 m)、幅20.2 ft (6.2 m)、総登録トン数432トンであった。ビュートは、ウィームス・ベイ鉄道会社 (Wemyss Bay Railway Company) のために建造されていて、この会社はウィームス・ベイとロスシーとの間で乗客を輸送した。1867年に、ウォーターマンズ・スティーム・パケット社 (Waterman's Steam Packet Co.) に売られ、テムズ川で運行した。この会社が、ヴィクトリア女王の次女アリス王女(1843年 - 1878年)にちなんで、船名を「プリンセス・アリス」に変えた。1870年にウーリッジ・スティーム・パケット社 (Woolwich Steam Packet Company) に売られ、遊覧汽船 (excursion steamer) として運行された。この会社はのちにロンドン・スティームボート社 (London Steamboat Company) に社名を変えた 。1873年に、船はペルシャのシャー、ナーセロッディーン・シャーをテムズ川でグリニッジまで運び、多くの地元住民に「シャーの船」 (The Shah's boat) として知られるようになった。 プリンセス・アリスがウーリッジ・スティーム・パケット社に取得されたとき、この会社は新しいボイラーの設置と5つの隔壁を水密にすることを含む、いくつかの変更を船に加えた。船は商務委員会によって検査されていて、安全であると認められた。1878年に、商務委員会による別の検査で、ロンドンとグレーヴセンド (Gravesend) との間で最大936人の乗客を穏やかな水上で輸送することが許された。
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