プファルツ=クレーブルク家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/14 07:08 UTC 版)
「プファルツ家」の記事における「プファルツ=クレーブルク家」の解説
「プファルツ=クレーブルク」および「プファルツ王朝」も参照 ヨハン1世の三男ヨハン・カジミールがクレーブルク公領を継承したことに始まる。ヨハン・カジミールはスウェーデン国王カール9世の娘でグスタフ2世アドルフの異母姉であるカタリーナと結婚したことで、2人の長男であるカール10世アドルフは1654年にスウェーデン王位を継承してプファルツ王朝を創始し、その息子であるカール11世はツヴァイブリュッケン公位をも継承し、その娘ウルリカ・エレオノーラが1720年に退位するまで王朝は続いた。他方、クレーブルク公位はヨハン・カジーミルの次男アドルフ・ヨハン1世が相続してその息子であるグスタフ・ザムエル・レオポルトは1718年に従兄弟のスウェーデン国王カール12世が戦死したことでツヴァイブリュッケン公位も継承するも嗣子を残すことなく1731年に死去したことで断絶した。
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