ブルグントの法律
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ブルグント人は、ゲルマン民族から受け継いだ3つの法典を残した。『Lex Burgundionum』(ブルグント法典)あるいは『Lex Gundobada』(グンドバト法典)としても知られる『Liber Consitutionum sive Lex Gundobada』(グンドバト法典のための憲法の本)は、483年から516年にかけていくつかの部分に分けて発布された。発布は主としてグンドバトが、一部はその息子ジギスムントにより行われた。 それはブルグント人の慣習法であり、またその時代における多くのゲルマン法典の典型でもあった。特に『Liber』は『Visigothorum』(西ゴート族法典)から借用され、後の『Lex Ribuaria』(リブアリア法典)に影響を与えた。『Liber』は当時のブルグント人の生活と王の歴史を知るための主要な文献の1つである。 多くの他のゲルマン民族と同様に、ブルグント人は各民族に合わせた法律を運用することを伝統的に認めていた。このためグンドバトは、『Lex Gundobada』に加えて、ブルグント王国でのローマに関する諸問題のための法律『Lex Romana Burgundionum』(ブルグント=ローマ法典)を編纂した。 これらの法典に加えて、グンドバトの息子ジギスムントは後に『Prima Constitutio』を発布した。
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