ピアノ協奏曲 (マスネ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/14 13:34 UTC 版)
ピアノ協奏曲 変ホ長調 は、ジュール・マスネが作曲したピアノ協奏曲。
概要
父の再婚相手であったマスネの母は才能あるピアニストであり[1]、マスネも5歳になる頃から母のレッスンを受けていた[2]。これにより才能を開花させたマスネは10歳でパリ音楽院に入学し、1859年にはピアノで1等賞を獲得している[1]。しかし裕福でなかった彼はピアノの教え子を取ったり、カフェで演奏したり、オペラ座で打楽器奏者をするなどして生計を立てねばならなかった[2]。この劇場での経験に触発されて作曲への意欲を掻き立てられたマスネは音楽院でアンブロワーズ・トマの講座に身を置き、作曲の分野でも頭角を現していくことになる[2]。1863年、2度目の挑戦でカンタータ『David Rizzio』がローマ賞を受賞し[1]、ローマのヴィラ・メディチへ3年留学する権利を獲得する[2]。
ローマからマスネが姉に宛てて出した手紙には次のように綴られている。「より一層ピアノに取り組んでいます。ショパンのエチュード、そして特にベートーヴェンとバッハを真の音楽家=ピアニストとして勉強しています[2]。」当時の彼は「音楽家=ピアニスト」を自任していたのであった[2]。それゆえ、ちょうどこの時期に彼がピアノ協奏曲の作曲に着手したことも自然な成り行きであったが、作品はスケッチのまま放置されることになる[2]。理由は不明ながら1902年になって旧作を掘り起こしたマスネは3か月かけてこれを仕上げたのだった[2]。
初演は1903年初頭にルイ・ディエメの独奏によりパリ音楽院で行われた[1]。本作の献呈を受けたディエメは当代きってのピアノの名手であり、著名作曲家から多くの作品の献呈を受けていた[2]。にもかかわらず初演評は芳しくなく、特にディエメには「ひどくガタガタの音色で塵芥のごとく乾ききった奏者」と酷評が浴びせられた[2]。このときディエメは既に60歳だったのである[2]。また、パリでは聴衆の趣味が遷り変わってしまっており本作のような古風な楽曲では感心を得られなかったのだと思われる[2]。本作はレパートリーに残ることが出来ず、マスネ自身も自らの回顧録で本作に触れることをしなかった[1]。
楽器編成
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、打楽器群、チェレスタ、弦五部
楽曲構成
3つの楽章で構成される。演奏時間は約30分[3]。
第1楽章
ピアノのアルペッジョを主体とした序奏により幕を開ける。主部に入ると序奏部で出ていた音型を基にした主題がピアノから提示される(譜例1)。
譜例1
譜例1は管弦楽で取り扱われることなく、リズミカルなエピソードを挟んで新しい旋律が現れる(譜例2)。これを管弦楽が受け継ぐ。
譜例2
続いて穏やかな主題が管弦楽から出される。ピアノが交代して主題を反復する(譜例3)。
譜例3
スムーズに展開部に移行し、譜例1を基にした展開が開始される。続いて譜例3が扱われ、譜例2も顔を出す。譜例1と譜例2の間に出された素材の展開が行われ、独奏楽器との二重奏の場面も用意される。さらにフガート風の開始から譜例2が対位法的に展開される。管弦楽が譜例1が堂々と奏して再現部となり、ピアノが引き続き主題の全体を示していく。途中のエピソードは大幅に省略され、ハ短調での譜例2の再現が始まる。続く譜例3は変ホ長調での再現となる。コーダでは譜例3を用いて盛り上がっていき、譜例1の音型を出して勢いよく締められる。
第2楽章
ピアノの独奏がゆったりと奏する主題によって開始する(譜例4)。
譜例4
ピアノを中心に譜例1をたっぷりと歌った後、管弦楽のトリルが特徴的な経過を挟んで次なる旋律要素が現れる(譜例5)。
譜例5
譜例4が嬰ト短調となって挿入された後、新しい材料が現れる(譜例6)。この間、管弦楽は同時にトリルの音型や譜例4を奏している。
譜例6
調をハ長調に移し、管弦楽が譜例6による音型を奏するとピアノは重音のトレモロを強奏して合わせていく。この譜例6による展開は付点音符だけとなり、崩れ落ちるように下降してピアノは低音のトリルを奏する。そのトリルを残したままロ長調に回帰して管弦楽から譜例4が再現される。ピアノはこれを歌い継ぐ。経過を経てピアノが譜例6を再現し、最後はピアノが狭い音域のアルペッジョを奏でる中で管弦楽が譜例4、譜例5を回想する。そのまま音量を落として静かに閉じられる。
第3楽章
- Allegro 3/4拍子 ハ短調
「AIRS SLOVAQUES」(スロバキアの歌)と書かれている。管弦楽が先行する勢いのよい序奏が置かれ、やがてピアノが主題を提示する(譜例7)。
譜例7
譜例7を何度か繰り返したところで木管に新しい主題が現れ(譜例8)、ピアノは三連符で装飾的に動く。
譜例8
譜例7が回帰した後、ト長調になって新しい主題が導入される(譜例9)。譜例9はピアノと管弦楽が交代しつつ奏していく。
譜例9
譜例7が戻ってきて変化を旋律に加えつつ奏される。ハ長調に転じて譜例8が再現される。突如アレグロ・マエストーソ、2/4拍子に転じて譜例10が奏される。これはアレグロ・ピウ・モッソの楽想と交互になる形で繰り返される。
譜例10
3/4拍子に戻してアレグロ・モルト・アニマートとなり譜例7を急速に奏し、さらにピウ・モッソに加速して譜例10が出される。そのまま勢いと音量を保って進んでいき、ハ短調の主和音によって全曲に幕が下ろされる。
脚注
注釈
- ^ 楽章冒頭に次のような注意書きがある。「Pour le début, 44 =
et les passages semblables y compris la fin; puis, dans le courant de ce morceau, varier entre 60 =
et 66 =
selon le sentiment.」(開始部分と最後までの同種のパッセージのおいては四分音符=44、曲中その他の部分においては感情に従い四分音符=60から66の間で変化させること)
出典
参考文献
- Coombs, Stephen (1997). Hahn & Massenet: Piano Concertos (CD). Hyperion records. CDA66897. 2025年9月7日閲覧.
- 楽譜 Massenet: Piano Concerto (2 Piano reduction), Heugel et Cie, Paris
外部リンク
- ピアノ協奏曲の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- ピアノ協奏曲 - オールミュージック
- ピアノ協奏曲 - ピティナ・ピアノ曲事典
- ピアノ協奏曲_(マスネ)のページへのリンク