ヒトラーによる掌握
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 01:10 UTC 版)
ヴァイマル共和国時代から軍隊の最高指揮権は国家元首の大統領に所在し、国防大臣に権限を委託する形式であった。ヒンデンブルク大統領が死去した後、ヒトラーはその権限を受け継いでいた。1938年、ヒトラーの外交政策(ホスバッハ覚書)に反対する国防大臣ブロンベルク元帥と陸軍総司令官フリッチュ上級大将にスキャンダルをでっちあげ、失脚させた(ブロンベルク罷免事件)。ヒトラーは後継の大臣を指名せず、新たにヴィルヘルム・カイテルを総長とする国防軍最高司令部を設け、自らはその最高司令官に就任することで国防軍三軍を直接指揮する仕組みを作った。その後の国防軍の多くはヒトラーの政策に表立って反対することはなく、1939年のポーランド侵攻までの外交政策はおおむね国防軍も同意していた。
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