テキストの密猟者たちとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > テキストの密猟者たちの意味・解説 

テキストの密猟者たち

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/20 07:26 UTC 版)

Textual Poachers: Television Fans & Participatory Culture
著者ヘンリー・ジェンキンズ
カバー
デザイン
Jean Kluge
アメリカ合衆国
言語英語
出版社ラウトレッジ
出版日1992年
出版形式プリント
ページ数343
ISBN0415905729

テキストの密猟者たち』(テキストのみつりょうしゃたち、Textual Poachers: Television Fans & Participatory Culture)は、テレビおよびメディアの研究者であるヘンリー・ジェンキンズ英語版1992年に発表した学術書[1]2025年2月の時点で日本語訳は刊行されていないが、『テキストの密猟者[2]、『テクストの密猟者[3]、『テクストの密猟者たち[4]などとして言及されることがある。2016年には中国語版が『文本盗猎者:电视粉丝与参与式文化』として出版されている[5]

『テキストの密猟者たち』は、ファン・カルチャーについて考察し、ファンたちの社会的、文化的インパクトについて検討している。

ジェンキンズは、ミシェル・ド・セルトーの著書『日常的実践のポイエティーク (L'Invention du quotidien)』に見える、個々の人々を、生産者側が提供するリソースの利用の仕方によって「消費者たち (consumers)」と「密猟者たち (poachers)」を分けて考える見方を踏まえて、「密猟 (poaching)」を定義するところから議論を展開している[6]。ジェンキンズは、この着想を使って、「テキストの密猟者たち (textual poachers)」という用語を導入して、一部のファンたちがお気に入りのテレビ番組などのテキストを解釈する過程や、関心を寄せた部分への関与を描写し、それが、番組をより受動的に視聴し、次の事柄へと移っていく視聴者のあり方とは異なることを示した。特に、ファンたちが、彼らが「密猟」したものについて、彼ら自身が制作者/プロデューサーとなり、「メタ (meta)」評論やファン・フィクションファンアートなど、様々な分析的で創造的な形式/フォーマットにおいて、新たな文化的素材を創造することが明らかにされた[7]。このようにして、ファンたちは「テキストの意味の構築や流通において活動的な参加者となる (become active participants in the construction and circulation of textual meanings)」とジェンキンズは論じている[8]

『テキストの密猟者たち』は、正当な学術的分野としてのファン研究英語版の発展に非常に大きな影響を与えた。出版当時の本書は、それ自体がメディアのファンダムに関心を寄せる数多くの新たなファンたちを生み出した。『テキストの密猟者たち』は、ファンたちの振る舞いや存在を病的なものと捉えるのではなく、ファンダムを称賛したという点において、他に見られないものとなった。本書から引用された語句のいくつかは、ファンたちの間で非常に広く共有されたが、特に次の引用は、1990年代後半から2000年代前半にかけて、ファンたちが制作したウェブサイトにおいて、しばしば声明として用いられていた。「ファン・フィクションは、  現代における神話が民衆によってではなく企業によって所有されている、という仕組みの中で生じるダメージを、修復するものである。 (Fan fiction is a way of the culture repairing the damage done in a system where contemporary myths are owned by corporations instead of owned by the folk.)」[9]

『テキストの密猟者たち』の改訂版は、初版刊行20周年に当たった2012年に刊行された[10]。この改訂版では、初版で表紙に用いられていたファン・アーティストであるジーン・クルーグ (Jean Kluge) による『新スタートレック』のファンアートは変更され、新たに教材として用いるためのガイドと、議論のための設問が加えられた。改訂版の表紙には、クルーグとは別の『スタートレック』のファンによる作品が、用いられた[10]

内容

『テキストの密猟者たち』は、ファンたちと参与文化について、特に『サタデー・ナイト・ライブ』、『スタートレック』、『エイリアン・ネイション英語版』などの人気テレビ番組に関して、ファンたちが番組に対して、またファン同士の間で、どのように相互作用をもち、反応を示すのかに注意を払っている。

ジェンキンズは、受容のモードにおけるファンたちの特徴的な3つの側面、すなわち、ファンたちが自分の生きた経験の中に領域にテキストを引き寄せていく様態や、ファン・カルチャーの中での再解釈が果たす役割、現に進行する社会的相互作用に番組に関する情報が挿入されていく過程、について検討している。ジェンキンズは、ジェンダーとファン・フィクション、またファンである読者についても検討を加えている。

評価

『テキストの密猟者たち』は、ジェンキンズが属する学界の同僚たちから広く好意的に評価されたが、同時に、ファンや、ファン・フィクション、ファン・カルチャーについて、真剣に取り上げるという彼に立場には、疑問も呈された。1993年に『Film Quarterly』誌に発表された書評において、グレッグ・リックマン (Gregg Rickman) は、同書が「間違いなくテレビ研究においてランドマークとなる (Sure to be a landmark in televisual studies)」と述べながら、「私が知る限り、『スタートレック』や『美女と野獣英語版』といった番組のファンたちを真剣に取り上げた初めての業績 (the first work I know of to take the fans of such shows as Star Trek and Beauty and the Beast seriously)」だとした[11]

1997年H-Net英語版 (Humanities and Social Sciences Online) 上で発表された書評において、アン・コリンズ・スミス (Anne Collins Smith) は、「本書は理論的に複雑で、徹底的に調査された内容を、緊密に組み立てた議論をしている。さらにジェンキンズは、大衆文化研究者として尊敬すべき振る舞いに徹し、ファンのプライバシーの尊重と彼らの声を届けたいとい欲求の間で注意深くバランスをとっている。本書は、メディア研究なりオーディエンス理論に従う全ての者にとって、かけがえのない価値をもったリソースとなるだろう。(This book is theoretically complex, thoroughly researched, and tightly argued. Moreover, Jenkins models admirable behavior for the popular-culture researcher, carefully balancing respect for fans' privacy and a desire to let their voices be heard. This book would be an invaluable resource for anyone working in media studies or audience theory.)」と記した[12]。ただし、この書評の別の箇所で、スミスは、ジェンキンズがファン・カルチャーの特定の側面にもっぱら焦点を当てていることや、彼自身が対象としているファンたちとの間に一定の距離を置き続けていることへの困惑も表明している[12]

本書は、ファン・カルチャーに関する研究を生み出した、影響力の大きい業績と見なされており、学術的探究の真剣な課題としてこの分野の正当性の確立への支えとなった[13][14][15]。ブロンウェン・トーマス (Bronwen Thomas) は、2011年に『テキストの密猟者たち』は、「それ以前のどの業績よりも、「ファン」研究のはっきりした領域の確立に貢献し、その後も決定的なテキストであり続けている (contributed more than any previous study to the establishment of a distinctive sphere of "fan" studies, and it remains a seminal text)」と記した[16]2017年フランチェスカ・コッパ英語版は、本書を「真の意味で分野を創設し、今日もなお使われている数多くの理論や用語を展開した (real field-founder that lays out many of the theories and terms still in use today)」と述べ、同じ年に発表された、カミーユ・ベーコン=スミス英語版の『Enterprising Women』や、コンスタンス・ペンリー (Constance Penley) の論文「Feminism, psychoanalysis, and the study of popular culture」よりも、ファンたちの間での評判は良かった、とも述べた[17]

脚注

  1. ^ Jenkins, Henry (1992). Textual Poachers: Television Fans and Participatory Culture. New York: Routledge. ISBN 0415905729 
  2. ^ 池田大臣「共同体、個人そしてプロデュセイジ : 英語圏におけるファン研究の動向について」『甲南女子大学研究紀要 人間科学編』第49号、甲南女子大学、2013年3月18日、107-119頁、CRID 1050001338411406976 
  3. ^ 壮悟平岩「「ファン」と「作り手」のいい関係とは? 『コンヴァージェンス・カルチャー』から考えるファンダムの可能性」『TOKION』INFASパブリケーションズ TOKION事業部、2021年3月15日。2025年2月17日閲覧
  4. ^ H.ジェンキンス著/テクストの密猟者たち(第2版)Textual Poachers : Television Fans and Participatory Culture(2 NED)」紀伊國屋書店。2025年2月17日閲覧
  5. ^ 詹金斯. 文本盗猎者: 电视粉丝与参与式文化 - Google ブックス
  6. ^ de Certeau, Michel (1984). The Practice of Everyday Life. Berkeley: University of California Press 
  7. ^ SAGE Reference - Encyclopedia of Consumer Culture” (英語). sk.sagepub.com. 2020年10月8日閲覧。
  8. ^ Jenkins, Henry (1992). Textual Poachers. Routledge. pp. 24 
  9. ^ Harmon, Amy (1997年8月18日). “In TV's Dull Summer Days, Plots Take Wing on the Net” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/1997/08/18/business/in-tv-s-dull-summer-days-plots-take-wing-on-the-net.html 2022年7月16日閲覧。 
  10. ^ a b Jenkins, Henry (2012年11月26日). “Textual Poachers Turns Twenty!” (英語). Henry Jenkins. 2019年11月13日閲覧。
  11. ^ Rickman, Gregg (July 1993). “Textual Poachers: Television Fans and Participatory Culture Henry Jenkins”. Film Quarterly 46 (4): 63. doi:10.2307/1213185. JSTOR 1213185. http://fq.ucpress.edu/cgi/doi/10.2307/1213185. 
  12. ^ a b Smith on Jenkins, 'Textual Poachers: Television Fans and Participatory Culture' | H-PCAACA | H-Net”. networks.h-net.org. 2020年10月8日閲覧。
  13. ^ Barker, Chris (12 December 2011). Cultural Studies: Theory and Practice. SAGE. ISBN 9781446260432. https://books.google.com/books?id=t5oY1G6z-CwC&q=%22Textual%20poachers%22%20seminal&pg=PA344 
  14. ^ Fans and Fan Culture : Blackwell Encyclopedia of Sociology : Blackwell Reference Online”. 2017年10月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月11日閲覧。
  15. ^ Scott, Suzanne (10 December 2014). “Understanding fandom: An introduction to the study of media fan culture, by Mark Duffett”. Transformative Works and Cultures 20. doi:10.3983/twc.2015.0656. 
  16. ^ Thomas, Bronwen (2011). “What Is Fanfiction and Why Are People Saying Such Nice Things about It?”. Storyworlds: A Journal of Narrative Studies 3: 3.  Project MUSE 432689
  17. ^ Coppa, Francesca (2017). The Fanfiction Reader: Folk Tales for the Digital Age. University of Michigan Press. pp. 16–17. ISBN 9780472053483. https://books.google.com/books?id=S9xCDgAAQBAJ 



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  テキストの密猟者たちのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

テキストの密猟者たちのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



テキストの密猟者たちのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのテキストの密猟者たち (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS