ゴルスキーによる改訂版
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/21 07:09 UTC 版)
「ドン・キホーテ (バレエ)」の記事における「ゴルスキーによる改訂版」の解説
1900年12月、プティパの教え子で、当時ボリショイ・バレエのバレエ・マスターであったアレクサンドル・ゴルスキー(英語版)が、プティパ版『ドン・キホーテ』を大幅に改訂して上演した。スタニスラフスキー・システムの影響を受けていたゴルスキーは、コール・ド・バレエを含めたすべてのダンサーに、形式的ではなく、現実味のある自然な演技をするよう要求した。その結果、第1幕のバルセロナの広場の場面などが大きく改変され、街の群衆一人一人が役柄に合わせて生き生きとした演技を行うようになった。またゴルスキーは、ミンクスの原曲に他の作曲家による音楽を付け加えたほか、舞台美術も時代考証に基づいたものに変更した。 こうした演出は、プティパが目指した、厳格でシンメトリカルな構造をもつバレエとは相反するものであった。1902年、ゴルスキーは、プティパのお膝元であるサンクトペテルブルクで自身の改訂版を上演したが、リハーサルを見たプティパは、作品が全面的に改変されていることに激怒したという。しかし、プティパの意に反してゴルスキーの改訂版は成功を収め、現在上演されている『ドン・キホーテ』の演出は、ほとんどがこのゴルスキー版を基としている。
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