ゲロア・バイの結成
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2011年9月19日、新ナファロア・バイに参加していたサバルツェンやバスク民族主義党ナバーラ州支部、バスク連帯から離脱したアタラビア・タルデアによって、選挙連合ゲロア・バイ(GBai)が結成された。11月20日の総選挙で、ゲロア・バイはナバーラ州で12.84%にあたる42,415票を得た。下院に1議席を得て、選挙名簿筆頭のバルコスが下院議員に選出された。一方、この選挙でバスク連帯やアララルなどはアマユールという選挙連合を組んでいる。 2012年6月にはゲロア・バイが組織の骨格を提示し、自身を「民族主義者、バスキスタ(スペイン語版)、進歩主義者」と定義、決定権はサバルツェンとバスク民族主義党が50%ずつとした。 2015年のナバーラ州議会選挙でゲロア・バイは9議席を獲得し、議席数を大きく減らしたナバーラ住民連合に次ぐ第2党となった。首相指名選挙でゲロア・バイはエウスカル・エリア・ビルドゥ、ポデーモス、イスキエルダ・エスケラと協力して過半数の議席を集め、ゲロア・バイのウシュエ・バルコスがナバーラ州首相に選出された。バルコスはバスク民族主義勢力からナバーラ州首相に就任した初の人物である。
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