エディー・ジョーンズ_(バスケットボール)とは? わかりやすく解説

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エディー・ジョーンズ (バスケットボール)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/28 15:34 UTC 版)

エディー・ジョーンズ
Eddie Jones
現役時代 (マイアミ・ヒート) のジョーンズ
引退
ポジション SG/SF
基本情報
愛称 EJ
国籍 アメリカ合衆国
生年月日 (1971-10-20) 1971年10月20日(50歳)
出身地 フロリダ州ポンパノビーチ
身長(現役時) 198cm (6 ft 6 in)
体重(現役時) 91kg (201 lb)
キャリア情報
出身 テンプル大学
ドラフト 1994年 全体10位
選手経歴
1994-1999
1999-2000
2000-2005
2005-2007
2007
2007-2008
ロサンゼルス・レイカーズ
シャーロット・ホーネッツ
マイアミ・ヒート
メンフィス・グリズリーズ
マイアミ・ヒート
ダラス・マーベリックス
受賞歴
Stats  Basketball-Reference.com
Stats  NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten

エディー・ジョーンズ(Eddie Charles Jones、1971年10月20日 - )はアメリカ合衆国フロリダ州ポンパノビーチ出身の元バスケットボール選手。NBAで14シーズンプレーした。ポジションはシューティングガード。198cm、91kg。愛称はEJ

経歴

大学はテンプル大学でプレイ。2年生の時にはアトランティック・テン・カンファレンスの年間最優秀選手に選ばれ、また同校のNCAAトーナメントのElite8進出に貢献した。3年生時には19.2得点6.8リバウンドの成績で、通算100アシスト100ブロック以上を達成した同校初の選手という記録を残して、NBAドラフトアーリーエントリーした。

1994年のNBAドラフトロサンゼルス・レイカーズから1巡目10位指名を受けてNBA入りを果たす。ルーキーイヤーは14得点2スティールのアベレージを残し、オールルーキーファーストチームに選出される。またオールスターウィークエンドのルーキーチャレンジに参加し、ゲームハイの25得点をあげてMVPに選ばれた。マジック・ジョンソンの引退から負け越しのシーズンが続いていたレイカーズは、ジョーンズが加入したシーズンよりチーム成績が向上し始め、1996年にはシャキール・オニールが移籍し、レイカーズは西の強豪の地位を取り戻すことに成功。ジョーンズはオニールに続くチーム2番目のスコアラーとして活躍し、1996-1997シーズンには通算得点でチームトップとなった。またこのシーズンにオールディフェンスチームに初めて選ばれ、NBAオールスターゲームにも初出場を果たした。1997-1998シーズンにレイカーズは61勝21敗の好成績を残し、カンファレンスファイナルにまで進出するなど、NBAファイナル制覇も十分に狙えるチームにまで成長したが、ジョーンズは著しく成長した若手シューティングガードのコービー・ブライアントとポジションが重なるため、1998-1999シーズン中にエルデン・キャンベルと共にシャーロット・ホーネッツに放出された(レイカーズは2000年からNBA3連覇を達成)。

ホーネッツで過ごした1999-2000シーズンは、20.1得点4.8リバウンド4.2アシスト2.7スティールの成績を残し、初のオールNBAサードチーム、3シーズン連続のオールディフェンスセカンドチームに選ばれた。20.1得点はチームトップ、2.7スティールはリーグトップの数字であり、個人では自己最高のシーズンを過ごした。

翌2000-2001シーズンにはサイン・アンド・トレードマイアミ・ヒートに移籍。この大型トレードは、ジャマール・マッシュバーンアンソニー・メイソンなどを巻き込む大がかりなトレードとなった。ヒートでも毎シーズン18得点のアベレージを残すリーディングスコアラーとして活躍したが、2001-2002シーズン以降アロンゾ・モーニングの体調不良などでヒートは低迷期に入り、ジョーンズはヒートで初めてプレイオフ不出場を経験。2002-2003シーズンまで我慢の日々が続いたが、ヒートは2003年のNBAドラフトドウェイン・ウェイドを指名すると、翌2004年にはジョーンズのかつてのチームメイトであるシャキール・オニールをトレードで獲得。ヒートはイースタンカンファレンス屈指の強豪に成長し、ジョーンズもレイカーズ時代以来の優勝を狙える機会に恵まれたかに見えたが、2005年のオフにヒートは補強に乗り出し、5チーム13選手が絡む大規模なトレードを敢行。ジョーンズはジェームス・ポージージェイソン・ウィリアムスとの交換でメンフィス・グリズリーズに放出された(ヒートは翌シーズンに初優勝を果たす)。

すでに30代半ばに差し掛かっていたジョーンズは、グリズリーズで2年目となる2006-2007シーズンにはついに平均得点二桁を割り、このシーズン中にグリズリーズを解雇された。フリーエージェントとなったジョーンズと契約したのは古巣のヒートだった。前シーズン優勝チームはオニールやウェイドの故障などで苦しいシーズンを送っていたが、ジョーンズの復帰から徐々に調子をあげていき、プレイオフに出場するも、1回戦で4戦全敗で敗退した。オフにフリーエージェントとなったジョーンズはダラス・マーベリックスと契約後、1シーズンだけプレイし、引退した。

プレイスタイル

シューティングガード以外にスモールフォワードもこなすスウィングマンで、高いディフェンス力が特徴。オフェンスでもペネトレイト・アウトサイドシュートの両方で貢献できる。人や試合に対する姿勢は誠実で真面目。

脚注

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