ウルウト氏ジュルチェデイ家の次男ブジル(千人隊長)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/11 02:48 UTC 版)
「ブジル」の記事における「ウルウト氏ジュルチェデイ家の次男ブジル(千人隊長)」の解説
モンゴル部族の族祖伝承によると、ボドンチャルの子孫にナチン・バートルという人物がおり、ナチン・バートルの2子ウルウダイ、マングダイからウルウト氏、マングト氏が分岐したと伝えられている。ウルウト氏とマングト氏はモンゴル部内でもキヤト氏、タイチウト氏に次ぐ有力な部族であり、チンギス・カンに仕えたウルウト族長のジュルチェデイは立身出世し4千人隊を率いる千人隊長(ミンガン)に任ぜられた。 『集史』「チンギス・カン紀」の「千人隊長一覧」には「[ケフテイ・ノヤンとブジル・ノヤンの]二人は兄弟であった。……御家人であり、赤心をもって忠誠を尽くしたので、チンギス・カンは彼等の部族の全てを彼等[二人]に委ねた……」とあり、ジュルチェデイの死後のウルウト4千人隊はケフテイ・ノヤンとブジル・ノヤンの兄弟に相続されている。 また、『モンゴル秘史』功臣表の第38位には不只児(Buǰir >bùzhīér)という名前が挙げられており、諸説あるがこの「不只児」はウルウト氏のブジル・ノヤンを指すのではないかと推測されている。
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