アンドレ・シャプロンとは? わかりやすく解説

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アンドレ・シャプロン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/07 03:49 UTC 版)

アンドレ・シャプロン(André Chapelon、1892年10月26日 - 1978年7月22日)はフランスの有名な機械技術者で、先進的な蒸気機関車の設計者である。エコール・サントラル・パリ出身で、厳格な科学的方法を設計に持ち込んだ数少ない機関車設計者の1人であり、また熱力学流体力学など様々な分野の最新の知識と理論を機関車工学の分野に適用しようとした。しかし様々な事情により、その能力を最大限に発揮することはついにできなかった。

経歴

生い立ち

フランス中央部、中央高地にあるロワール県サン=ポール=アン=コルニヨンに生まれる。幼い頃からパリ・リヨン・地中海鉄道 (PLM) の蒸気機関車に親しみ、蒸気機関車ファンとして育った。1913年6月にエコール・サントラル・パリの入学試験に合格した。この当時のフランスの兵役法では、エコール・サントラルに在学する5年間のうちに2年間兵役を務めることになっており、それは最初と最後の1年ずつ務めるか、最後に2年まとめて務めるかの選択ができるようになっていた。シャプロンは前者を選んで、1913年10月に砲兵少尉として軍隊に入った。除隊が迫った1914年7月、第一次世界大戦が勃発して復学は遠のいてしまった。戦争終結後1919年にようやく復学し、本来3年の修学期間を2年に短縮されて1921年に29歳で卒業した。

鉄道への就職

シャプロンはエコール・サントラルを卒業すると、早速子供の頃から親しんできたPLMへ就職した。車両・動力部門に配属されて実際の蒸気機関車に触れ、そこで複式の6100型機関車の運転を見て疑問を抱き、積極的に改善の提案を論文で発表するようになった。直属の上司はこれに賛同したものの、会社の上層部は全く理解を示さず、シャプロンは1924年に社内の電話事業へ転進することになった。

キルシャップの発明とシャプロンマジック

大学時代の教官に相談した結果、そのつてを頼って1925年1月にパリ・オルレアン鉄道 (PO) へ転職することができた。ここでは調査・研究部門に配属され、蒸気機関車の排気方式の改良を主に担当することになった。

蒸気機関車では、シリンダーで蒸気を膨張させてピストンを駆動して動力を得た後、まだ圧力が残っている蒸気を煙室内に吹き出させることでドラフト作用を起こし、ボイラーからの燃焼ガスを煙突を通じて押し出して、代わりに新鮮な空気が火室に入ってくることを助ける仕組みになっている。完全に蒸気の膨張力をシリンダーで使ってしまうとドラフト作用が弱くなりボイラーの火力を落とすが、ドラフト側に余分に圧力を使うとシリンダー出力が弱くなってしまう。その兼ね合いをうまく設計すると共に、ドラフト部分の装置を工夫することで機関車全体の効率を改善することができる。

キルシャップの構造

1919年にフィンランドの技術者キララが開発したキララスプレッダーは、ブラストノズルからの蒸気流を4つに分割して吹き出させて、うまく燃焼ガスと蒸気を絡ませて効率よく排気することができる。右の図の黄色い部品がキララスプレッダーで、円錐状の4つの部品で蒸気流を4つに分けている。シャプロンは、これにさらに煙突の下側にペチコートと呼ばれる円筒状の部品を取り付けることで、キララスプレッダーの下側のブラストノズルとの間、キララスプレッダーとペチコートの間、ペチコートと煙突の間の3段から燃焼ガスを吸い込んで排気を促進する改良を加えた。これをキララとシャプロンの名前を合わせて「キルシャップ」(Kylchap) と呼ぶ。

また、火力発電所蒸気タービン式のの場合は、高い煙突を利用して煙突効果による排気を期待できるが、蒸気機関車の場合は車両限界に阻まれて煙突を高くするのは限界がある。ベルギーの技術者リゲインは1925年に、2本に煙突を増やす方法を考えた。面積を2倍に増やすと高さを

シャプロンの唯一の保存機関車

シャプロンは結局、全くの新設計で蒸気機関車を造り、量産する機会を一度も与えられることはなく、既存の機関車の改造だけに留まった。彼の人生が2回の世界大戦に影響を受けてしまったこと、鉄道が近代化して蒸気機関車が置き換えられていく時代に差し掛かってしまったことの影響もあったが、周辺環境の問題も大きなところがあった。

シャプロンの業績は顕著なものであったが、それがために周囲との軋轢は絶えることがなかった。彼が既存の機関車を改造して大きな出力改善を得たということは、彼の前任者たちが無能で、機関車が本来持っている力を十分に引き出せていなかったということを明らかにしてしまったからである[8]。またフランス国鉄が5大鉄道の合同で成立した組織であることから、母体となる各鉄道会社の派閥があり、特にPLM出身者は自分たちの技術を残そうとして、大戦後の急行形量産機が240 P型や242 A 1型ではなく、241 P型となった大きな原因となった[5]

さらに大戦後は政府や国鉄上層部は急速に無煙化を進めていく方針を取った。しかし、そうした上層部に言わせれば古ぼけて時代遅れであるはずの蒸気機関車が、シャプロンの改造により圧倒的な性能を発揮し、最新鋭であるはずの電気機関車を上回る実績を見せてしまったことは、かえって目障りなものとして扱われた[9]

1953年にシャプロンはフランス国鉄を定年退職した[10]。その後は、シャプロンの機関車は現場の機関士からの評判はよかったにもかかわらず急速に廃車され、解体されていくことになった。最強の242 A 1型も1961年に解体された[7]。240 700型や240 P型も多数が存在したにもかかわらず1両の保存車両もなかった。公式には、試作機や改造機は保存に値しないという理由とされたが、実際にはフランス国鉄の幹部から目障りに扱われたのではないかとされている[9]。結局、シャプロンが関わった機関車で残されたのは、北部鉄道向けのパシフィック機1両のみで、ミュルーズフランス鉄道博物館で展示されている[11]

しかしながら、電気機関車はだれがどの車両でも運転できるのに対し、フランスの蒸気機関車は同じ人員が運転しなければ技術的問題が生じる問題があり[12]、交代が行われないことが普通だった。 そればかりか、乗員を専属させることによる非効率さにより、戦後に導入された取り扱いが容易で専属以外の乗員でも運転ができるフランス国鉄141R形蒸気機関車が自国の複式機関車よりも卓越した燃料節約ができると判明している[13]。複式機関車そのものが運転に繊細な注意を必要とする複雑で高価な陳腐な存在と指摘され[14]、1日当たりの走行距離は低く、1938年に75km/h、1962年に117km/hに増加したが電気機関車は335km/hであった[15]。 極めて低かった運転指標が、電化により飛躍的に向上したため[16]、フランス製蒸気機関車の存在が電化の原動力になっているとの指摘すら存在した[17]


シャプロンの遺産

シャプロンの業績は、彼の友人であるアルゼンチンのリビオ・ダンテ・ポルタや他の人々の業績に受け継がれて、20世紀後半の蒸気機関車に大きな影響を与えた。またイギリス国鉄86形電気機関車の1両に名づけられた数少ない外国人鉄道技術者である。さらにポルタの関わった、アルゼンチンのリオ・トゥルビオ鉱山鉄道の蒸気機関車100型の1両にもアンドレ・シャプロンの名が与えられたものがある。

脚注

  1. ^ 『蒸気機関車200年史』pp.374 - 375
  2. ^ Institut de la gestion publique et du développement économique La SNCF au temps du Plan Marshall
  3. ^ 141Rの歴史
  4. ^ La 141R420Train à vapeur d'Auvergne / Association de la 141R420
  5. ^ a b 『蒸気機関車200年史』p.362
  6. ^ 『蒸気機関車200年史』pp.375 - 376
  7. ^ a b 『蒸気機関車200年史』p.375
  8. ^ 『蒸気機関車200年史』p.366
  9. ^ a b 『蒸気機関車200年史』p.370, 375
  10. ^ 『蒸気機関車200年史』p.370
  11. ^ 『蒸気機関車200年史』p.376
  12. ^ 鉄道 (文庫クセジュ) P40 ピエール・ドヴォー 著, 坂本祐一 訳 白水社 出版 1955年
  13. ^ フランス工業の展望 戦後フランス国有鉄道の近代化 pp.19-20 マルセル・シャルヴェ 等著, 黛治也 等訳 小峰工業出版 1954年
  14. ^ Revue générale des chemins de fer 1950年1月号 P21
  15. ^ 外国交通調査資料 18(4) P15 日本国有鉄道 編集・出版 1964年
  16. ^ 外国交通調査資料 12(3) P124 日本国有鉄道 編集・出版 1958年
  17. ^ 鉄道技師のフランス留学通信 P24 鈴木宏 著 交通協力出版部 1957年

参考文献

外部リンク





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