P-47 (航空機) 戦後

P-47 (航空機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/02 00:41 UTC 版)

戦後

P-47は、1948年からF-47に改称され、1949年まで空軍[8]で、1953年まで州空軍 (ANG = Air National Guard) で運用された。朝鮮戦争勃発時には国防総省が残っている機体をかき集めようとしたものの、既に充分な機数が残っておらず、参戦できなかった。

ニカラグアキューバドミニカ共和国チリコロンビアエクアドルベネズエラペルーといった多くのラテンアメリカ諸国の空軍にも供給され、1950年代を通して運用された。中には1960年代まで運用していたところもある。他にも中華民国イランイタリアポルトガルトルコユーゴスラビアにも提供された。

P-47の総生産数は15,660機で、これは戦闘機の生産数としては屈指のものである。2016年時点も多くの機体が残っており、飛行可能なものも十数機ある。

年表

1939年

  • 5月:AP-4がUSAAFによりYP-43の制式名称で13機発注される
  • 6月:セバスキーがリパブリックへと社名を変更
  • (9月1日:ドイツがポーランドへ侵攻、第二次世界大戦開始)
  • 10月:P-43の後継となるXP-44が80機発注される

1940年

  • 春:XP-44とXP-47ではドイツの戦闘機にかなわない → XP-47Aを提示、却下
  • 6月:XP-47B案がUSAACに提示される
  • (夏~秋:バトルオブブリテン
  • 9月:XP-47Bの名称でプロトタイプが発注される → XP-47A、XP-44の開発は中止
  • 9月から1941年4月にかけて:13機のYP-43が引き渡される
  • XP-47B開発計画の遅れ → P-43Aが80機発注される
  • さらなる遅れ → P-43A-1が125機発注される

1941年

  • 5月6日:ローリー・P・ブラバムの操縦でXP-47Bが初飛行
  • 6月:USAAC → USAAF
  • 12月:XP-47Bのプロトタイプが引き渡される
  • (12月8日:真珠湾攻撃太平洋戦争開始)

1942年

  • 3月:P-43の最終号機が引き渡される
  • 8月:事故でXP-47Bが失われる
  • 9月:P-47C初号機が引き渡される
  • 秋:P-43B・P-43C・P-43D → RP-43へと改称
  • 11月:XP-47Jの開発が始まる
  • 年末:不具合が片付き、P-47Cと56th FGがイギリスへ

1943年

  • 3月10日:初の戦闘ミッションに出撃するが、無線の故障で失敗
  • 4月8日:任務再開
  • 4月15日:ルフトヴァッフェと初交戦、初撃墜
  • 6月:XP-72が発注される
  • 夏までに、イタリアの第12航空軍に配備される
  • 夏:初のバブルキャノピィ付きP-47
  • 8月17日:初の護衛任務(B-17のシュヴァインフルト爆撃に随伴)
  • (9月8日:イタリア降伏)
  • 11月26日:XP-47Jが初飛行
  • 年末までに、アラスカ以外のUSAAFの全戦線に配備される

1944年

  • 2月2日:XP-72の初号機が初飛行
  • 7月:XP-72の2号機が初飛行(2重反転プロペラ = 3翅×2 装備)
  • 半ばから:RAFに配備開始
  • 8月5日:XP-47Jが水平直線飛行で813 km/hを記録する(@高度10,500 m)
  • 9月:P-47Nの原型が初飛行

1945年

  • この年、自由フランス軍が446機を受領
  • 1月:欧州の56th FGがP-47Mを受領するが、不具合が多発
  • 4月:P-47Mの不具合が解消される
  • 4月以降:P-47Nが対日戦線に投入される
  • (5月8日:欧州戦線終結)
  • (8月15日:太平洋戦線・第二次世界大戦終結)
  • 10月:最終号機が生産される(タイプはP-47N-25)

1946年以降

現存する機体

  • 情報が変わっている場合がある。
  • 型末尾の「RE」「RA」「CU」はそれぞれ、以下の工場製の機体である。
    • リパブリック社バッファロー工場
    • リパブリック社ファーミングデール工場
    • カーティス・ライト社エヴァンスヴィル工場
型名      番号    機体写真     国名 所有者 公開状況 状態 備考
P-47B-RE 41-5920
26
写真 アメリカ イリノイ州 ランディ・フェリス氏
(Randy Ferris)
非公開 修復中 [1][2]
P-47D-1-RE 42-7924
72
不明 不明 不明 不明 バート・オインハウゼン自動車技術博物館に展示されていたが、同博物館が閉館したため現在は不明。部品の状態で保存ないし修復されていると思われる。
P-47D-2-RE 42-8066
214
写真 オーストラリア ニューサウスウェールズ州 歴史的航空機修復協会[3] 公開 静態展示 [4]
P-47D-2-RE 42-8130
278
写真 アメリカ アリゾナ州 ピマ航空宇宙博物館[5] 非公開 保管中 [6]
P-47D-2-RE
TP-47D-RE
42-8205
FAB007
353
アメリカ ワシントン州 ミュージアム・オヴ・フライト[7] 公開 静態展示 第二次大戦後に米国によるラテンアメリカ諸国への軍事支援の一環として供与された多数のP-47のうちの一機が、使用後に逆輸入されたもの。[8]
P-47D-15-RA 42-23278
1029
アメリカ オハイオ州 国立アメリカ空軍博物館[9] 公開 静態展示 ニール・アーネスト・カービィの乗機の塗装がされている。また、傍らには乗機の実機垂直尾翼が展示されている。[10]
P-47D-25-RE 42-26470
HD175
2047
写真 アメリカ サウスカロライナ州 ショウ空軍基地[11] 公開 静態展示 レプリカともされるが、機体側面の窓のようなものや降着装置の部分があることから実機とみられる。オリジナルのマーキングで塗装されているが、字の大きさやラウンデルの形状など、異なる点がある。
P-47D-25-RE 42-26757
2334
写真 ブラジル リオデジャネイロ州 サンタクルス空軍基地 公開 静態展示 本来はA5の機体だが、C5/44-19660のマーキングがされている。
P-47D-25-RE 42-26760
2337
ブラジル サンパウロ州 ブラジル航空宇宙記念館[12] 非公開 保管中 ブラジルのTAM博物館に展示されていたが、同博物館の閉館後に現在の施設へ移され、新しい展示館の完成待ち。。当時は本来のB2ではなく、B5/42-29265のマーキングがされていた。
P-47D-25-RE 42-26762
2339
ブラジル パラナ州 クリティーバ空軍基地
(バカチェリ空港)
公開 静態展示 A4/42-26756のマーキングがされている。
P-47D-27-RE
XP-47M-1-RE
YP-47M-RE
42-27385
2962
93F-12000
アメリカ カリフォルニア州 ヤンクス航空博物館[13] 公開 静態展示 [14]
P-47D-23-RA 42-27609
1271
写真 アメリカ テキサス州 エアコープス・エイヴィエーション社[15]
(テキサス・フライング・レジェンズ博物館)
公開 修復中 [16]
P-47D-28-RA 42-29150
2812
写真 アメリカ カリフォルニア州 アライド・ファイターズ[17] 非公開 飛行可能 [18]
P-47D-30-RE 44-20371
5779
フランス セーヌ=サン=ドニ県 ル・ブルジェ航空宇宙博物館[19] 公開 静態展示 運用当時のマーキングに戻されて展示されている。[20]
P-47D-30-RA 44-32691
399-53652
アメリカ ヴァージニア州 国立航空宇宙博物館別館
スティーヴン・F・ウドヴァーヘイジー・センター
[21]
公開 静態展示 [22]
P-47D-30-RA 44-32798
399-53759
写真 アメリカ ユタ州 ヒル航空宇宙博物館[23] 公開 静態展示 [24]
P-47D-30-RA 44-32809
399-53770
ベエズエラ アラグア州 マラカイ航空宇宙博物館 公開 静態展示 FAV/10B-36のマーキングがされている。
P-47D-30-RA 44-32817
399-53778
写真 アメリカ テキサス州 ルイス・エア・レジェンズ[25]
(ティラムック航空博物館[26])
公開 飛行可能 [27]
P-47D-30-RA 44-33712
399-53973
写真 トルコ イスタンブール県 イスタンブール航空博物館 公開 静態展示
P-47D-30-RA 44-89746
399-54891
写真 イタリア ローマ県 イタリア空軍博物館[28] 非公開 保管中
P-47D-30-RA 44-90205
399-55350
メキシコ メヒコ州 サンタルチア空軍基地メキシコ空軍博物館 公開 静態展示
P-47D-40-RA 44-90368
399-55513
アメリカ テキサス州 ローンスター飛行博物館[29] 公開 飛行可能 [30]
P-47D-40-RA 44-90438
399-55583
アメリカ テネシー州 テネシー・ミュージアム・オヴ・エイヴィエーション[31] 公開 飛行可能 オリジナルのマーキングで塗装されている。[32]
P-47D-40-RA 44-90447
399-55592
アメリカ ニューヨーク州 アメリカ航空戦力博物館[33] 不明 不明 2016年にエンジントラブルでハドソン川に墜落した。引き上げられたが、現在の状況は不明。[34]
P-47D-40-RA 44-90460
399-55605
アメリカ テネシー州 テネシー・ミュージアム・オヴ・エイヴィエーション 公開 飛行可能 オリジナルのマーキングで塗装されている。[35]
P-47D-40-RA 44-90464
13056
399-55609
セルビア ベオグラード 航空博物館 公開 静態展示
P-47D-40-RA 44-90471
399-55916
アメリカ オレゴン州 ティラムック航空博物館 公開 飛行可能
P-47D-40-RA 45-49102
FAC 861
399-55641
コロンビア ボゴタ コロンビア航空宇宙博物館[36] 公開 静態展示
P-47D-40-RA 45-49130
399-55669
写真 アメリカ テネシー州 テネシー・ミュージアム・オヴ・エイヴィエーション 公開 静態展示
P-47D-40-RA 45-49151
399-55690
写真 ブラジル リオデジャネイロ州 航空宇宙博物館 公開 静態展示 旧塗装
P-47D-40-RA 45-49167
399-55706
アメリカ オハイオ州 国立アメリカ空軍博物館 公開 静態展示 [37]横から見た画像
P-47D-40-RA 45-49181
399-55720
アメリカ ミシガン州 エア・ズー航空宇宙科学博物館[38] 公開 飛行可能 [39]
P-47D-40-RA 45-49192
399-55731
イギリス ケンブリッジシャー州 ダックスフォード帝国戦争博物館[40]
(ザ・ファイター・コレクション[41])
公開 静態展示 [42]
P-47D-40-RA 45-49205
399-55744
アメリカ カリフォルニア州 パームスプリングス航空博物館[43] 公開 静態展示 [44]
P-47D-40-RA 45-49219
399-55758
チリ 首都州 国立航空宇宙博物館 公開 静態展示 750とマーキングされている。
P-47D-40-RA 45-49295
KL216
399-55834
イギリス ロンドン イギリス空軍博物館ロンドン館[45] 公開 静態展示 [46]
P-47D-40-RA 45-49346
399-55885
アメリカ カリフォルニア州 ヤンクス航空博物館 公開 静態展示 [47]
P-47D-40-RA 45-49385
FAPe 549
FAPe 127
399-55924
アメリカ コロラド州 アラン・J・ウォジィアック氏
(Alan J. Wojciak)
非公開 飛行可能
P-47D-40-RA 45-49406
399-55945
アメリカ ワシントン州 フライング・ヘリテージ・コレクション[48] 公開 飛行可能 資産家ポール・ガードナー・アレンが所有していたもの。[49]
P-47D-40-RA 45-49458
399-55997
アメリカ コネティカット州 ニューイングランド航空博物館[50] 公開 静態展示 [51]
F-47D-30-?? 13109 写真 クロアチア ザグレブ ニコラ・テスラ技術博物館[52] 公開 静態展示 公式ページより、タイプがP-47D-30であることまでは判明した。[53]
P-47G-10-CU
TP-47G-CU
42-25068
21962
イギリス ケンブリッジシャー州 ダックスフォード帝国戦争博物館
(ザ・ファイター・コレクション)
公開 飛行可能 [54]
P-47G-15-CU
TP-47G-CU
42-25254
22148
アメリカ カリフォルニア州 プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館 [55] 公開 飛行可能 [56]
P-47N-25-RE 44-89320
539-C1537
写真 アメリカ フロリダ州 空軍武器博物館[57] 公開 静態展示 [58]
P-47N-25-RE 44-89348
539-C1565
アメリカ テキサス州 アメリカ空軍航空兵遺産博物館[59]
(ラックランド空軍基地内)
公開 静態展示 [60][61]
P-47N-25-RE
F-47N-25-RE
44-89425
539-C1642
アメリカ コロラド州 ピーターソン航空宇宙博物館[62] 公開 静態展示 [63]
P-47N-25-RE 44-89436
539-C1653
アメリカ テキサス州 記念空軍(CAF)[64] 公開 修復中 P-47N-20-RAの45-53436として紹介されている場合があるが、この番号はキャンセルされたもので20-RA型のものでもない。[65]
P-47N-25-RE 44-89444
539-C1661
アメリカ ニューヨーク州 航空発祥地博物館[66] 公開 静態展示 [67]
P-47N-??-?? 499-6808 写真 中国 北京 北京航空航天大学研究所
(北京航空博物館)
公開 静態展示

注釈

  1. ^ 固定武装あり
  2. ^ 搭載可能燃料は機体内燃料タンクに557gal (2,108ℓ)、落下増槽タンクを110gal (416ℓ) ×1 + 165gal (625ℓ) ×2の合計997gal (3,774ℓ)
  3. ^ 航続距離は燃料消費量+5%の補正後に算出されている

出典

  1. ^ Jerry Scutts著『P-47 Thunderbolt Aces of the Eighth Air Force (Osprey Aircraft of the Aces No 24, 英国Osprey Publishing刊 1998年10月)』では、「P-47の胴体形状が牛乳輸送缶(Milk jug)にそっくりであるから」と書かれており、他の理由として「力強い姿がJuggernautを連想させたから」とある。
  2. ^ 梅本弘 『第二次大戦の隼のエース』 大日本絵画、2010年8月、P.86
  3. ^ 『第二次大戦の隼のエース』 pp.94-95
  4. ^ 『第二次大戦の隼のエース』 p.97
  5. ^ 押尾一彦、野原茂『日本軍鹵獲機秘録』光人社、2002年、142頁。ISBN 978-4769810476 
  6. ^ F-47N Thunderbolt Specifications STANDARD AIRCRAFT CHARACTERISTICS
  7. ^ Propeller:CURTISS ELECTRIC C.S.、Blade:No.836-14C2-18-R1 (×4)、Diameter:13ft (3.96m)、Area:12.33m²
  8. ^ 陸軍航空軍 (USAAF = United States Army Air Force) は1947年に空軍 (USAF = United States Air Force) となった。
  9. ^ “NYハドソン川にサンダーボルト墜落 大戦中の米戦闘機”. 産経新聞. (2016年5月30日). https://www.sankei.com/photo/story/news/160529/sty1605290006-n1.html 





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